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第296話

「〝アシェル様の側におられる時のルイ様はこれ以上ないほどにお幸せそうな顔をしておられる〟と、屋敷の者から報告を受けました。それでも、あの顔合わせのお茶会でルイにとってふさわしくないと判断すれば、アシェル殿に直接その事を言おうかと考えていたのです。しかし、それは必要ないとこの目で見て確信しました。確かに、今はアシェル殿の病が重く不安なことも多いでしょう。それでも、あのままアシェル殿と結婚させず別の令嬢をあてがった方がルイにとって不幸なことであったと、今ならば断言できます」  一目見てわかった。ルイは今が幸せなのだと。アシェルに公爵と呼ばれて拗ねて見せたりもしたが、それさえも楽しそうだった。あんな風に笑う息子の姿を見て、何も思わないほど薄情な父ではないつもりだ。 「王妃殿下がアシェル殿を想うように、私もまた息子を想います。息子にとってアシェル殿こそが最善最高の伴侶。――王妃殿下、それが私の答えです」  迷いなく言いきるリゼルの瞳をフィアナはジッと見つめる。そして小さく微笑んだ。  あぁ、やはり間違いなどではなかった。 「感謝を」 「もったいないお言葉でございます、王妃殿下」  跪き、リゼルはフィアナのドレスの裾に口づけた。何年経とうと変わらぬその姿に、頑固さ以外もまたルイはこの父親に似ているのだとフィアナは小さく微笑む。その時、指示を出し動き回っていたエリクとフィアナの侍女が揃って近づいてきた。 「荷はすべて馬車に積みました。いつでもご出発いただけます」  侍女の言葉にフィアナはひとつ頷く。  ルイにラージェンからの手紙を持たせたが、それはあくまで緊急ゆえの処置。大国を相手にするのならば、いかに相手との友好関係を結んでいようと礼儀は弁えなければならない。これからのことも考えて、今からフィアナはラージェンの名代としてオルシアに発つのだ。 「フィアナ」  後ろから愛しい夫の声が聞こえ、フィアナは振り返る。忙しいだろうに、わざわざ見送りに来てくれた夫の姿に微笑み、広げられた腕の中に自ら納まって背に腕を回した。 〝いつかフィアナにもわかる時がくる〟  幼き日に聞いた兄の声が蘇る。それが真実であったと、今ならわかる。 「気をつけて行くんだよ。オルシアに着いたら、必ず手紙を」 「ええ、約束しますわ」  力強い抱擁と、約束の口づけを交わして、フィアナはラージェンの手を借りて馬車に乗り込む。 「行ってきますわ」  小さく手を振って、そして馬車はゆっくりと駆けだした。

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