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Shape of the family 家族の形2

「周央君!」  エディンバラから飛行機でロンドンへ。ロンドンからこれまた飛行機で羽田へ飛んで、羽田からは電車を使い、ようやく地元まで戻った。道中ずっとがっちがちだった直の顔がようやく綻んだのは、駅まで迎えに来てくれていた、委員長の顔を見てからだった。 「ひばりさ……」 「んもうこの子は! ずっと顔見せに帰って来いってメールしてたのに! 何年ぶりよぉ」  一緒に来ている斉藤を放ったらかし、委員長は直の側に駆け寄った。腕をばしばし叩きながら、泣いている。つられたのか、直もぽろぽろと涙を零し始めた。 「見ない、間に! こ、こんなに、大きくなっちゃって!」 「あはははは、ひばりさん、親戚のおばちゃんみたい」 「おばっ、おばちゃん!? これでもまだ女子大生なんですけど! ったくもう、何でも良いわよ元気な姿が見られれば!」  良かった、やっぱ初っ端に委員長持ってきて正解だった。直は目元を手の甲で拭いながら嬉しそうに話している。  ふと見ると、斉藤は少し離れたところで腕組みしたまま立ち止まっていた。俺はそちらに歩み寄る。 「迎えと、委員長連れて来てくれてありがとな。てかどした斉藤、委員長と何かあった?」 「いやいやどういたしまして……ああ、やっぱ分かるか」  斉藤は、委員長に惚れているのではないだろうか、という疑念を抱いたのは高校の時、直とのことがあって、しばらく経ってからだった。  自分に厳しく他人にも厳しい斉藤が、委員長には過保護になる。とにかく傍にいられるように立ち回る。それは高校卒業まで続いた。  後から冷静に考えると、合気道のことだって、元々知っている連中はさて置き、きっと周りに公言するつもりは無かっただろうに、委員長を守りたいがためだけに、教室内で俺に技をかけたのではなかったのだろうかという考えも頭をよぎった。  俺がスコットランドの大学進学の準備を進める一方で、斉藤と委員長は、揃って地元の大学に進学した。  斉藤の場合は、何故もっと上を目指さない、との先生達の意見を無視しての受験だった。委員長は、地元の大学入学を学校推薦で早々に決めていた。つまり、斉藤は委員長を追いかけたのだと、俺は思っていた。  委員長だって、斉藤のことを嫌ってはいなかったはずだ。  なのに、ふたりの仲が進展した、という報告はついぞ聞かない。 「や、さっき車の中で聞いたんだけどさ」  頭をがしがしと掻く。お、斉藤がめずらしく、ちょっと参ってる。 「委員長、婚約したらしい。大学卒業したら、結婚するんだと」 「へえ……えええ!? 誰と!」 「末田」 「マツダ……は!? おい、それは俺とお前の共通認識の上に存在する末田先生のことか?」 「そうだよ俺達の担任だった末田だよ!」 「え、何がどうなって」  ええっ、それほんと!? と直の驚く声が聞こえた。どうやら向こうも同じ話題のようだ。 「んなこと俺が聞きてえよ。はあ、明日からどうすっかな」  斉藤、まさか俺達をダシにして、委員長を誘おうとでも思ってたんだろうか? 「ってか、いつからそんなことに」 「卒業式の日に、告られたんだと。その後もちょいちょい会ってたって。元々好感度高い相手から何度も好きだって言われりゃ、靡かないわけないよな」 「確かに委員長と末田先生、仲良さそうだったもんな……斉藤は、告ったりしなかったのかよ?」 「は? そんな話してねえだろ、何でそういう方向に話が飛ぶんだ」  いやいやいやいや、どう見ても斉藤、振られた側じゃねえの? ああ、下向いちゃったよ。  これでまだ自覚が無いのか。高校の頃、俺のことそっち方面鈍いとか童貞臭いとか散々罵ってたけど、斉藤だって同じじゃね?  それとも、俺の勘違いなのだろうか。  しばらく沈黙が続く。直と楽し気に話す委員長の声の響きが斉藤の胸に刺さってそうで、ちと辛くなってきた。  あのさ、と斉藤が切り出す。 「俺ずっと、告られて付き合って、何か違う、やっぱ違う、って別れるのを繰り返してきたんだよ」 「……は? 惚れても無いのに付き合ってんの?」 「告られたらまず付き合うだろ、それで好きになることもあるじゃねえか。身体の相性とかもあるし」  うん、こいつに童貞臭いは当て嵌まらないな。  それに、俺には有り得なさすぎるシチュエーションでちょっとついていけない。世の中のモテる大学生って皆、こんな感じなのか? 軽くね? 「……お前らが悪い」 「は、え、どういうこと?」 「何かさあ、お前らって、こう、運命の相手? みたいな感じに見えるんだよ。じゃあ俺にもそういう相手がいるんじゃねえかな、って、思っちまうんだ」 「え、あ、ああ」  思ってもない方向に話が進んで、俺は戸惑った。俺達のことをそういう風に捉えてもらえてる、ってのは、ちょっと嬉しいけどな。 「でもさ、何度も付き合ったり別れたりを繰り返してるうちに、ずうっと、俺このままなんじゃねえかな、って想像することがあるんだ。お互い、心から好きになれる運命の相手みたいなものが、俺にはいないんじゃないか、いないとしたら、生涯ひとりで生きていくのか、とか」 「えーと、そんなに不安になるくらいの人数、付き合ったって認識で良いか?」 「問題はそこじゃねえよ」  そうだ、問題は別のところにある。誰にも納得できないってのは、斉藤の中に、ずっと委員長がいるからなのではないのか。  委員長とのこと、どっかで折り合いつけないと前に進めない、って状態なんじゃね?  と言いたいところだったが、どうにも無難な言葉しか出てこなかった。 「まだまだこれからだろ、斉藤、モテるんだし。そこいらの男より、出会える確率高いって」 「そういうことじゃない気がするんだよなあ」  斉藤は腕組をして、首を傾けた。 「改めて考えてみるとさ、恋とか愛って、不思議だし難しいよな。相手あってのもんだろ。好意の矢印が、同じ時期にお互いを差すこと自体、不可能に近い気がしてくんだよ。  しかもお前らの場合、たぶん元々同性好きってわけでも無いのに男同士だろ? 少数派な分、ま、ちょっと普通じゃねえとは思っちまうけど。でもその分、奇跡っぽいよな」  昔直が言っていた『奇跡、みたいな、もんだから』という言葉を思い出す。同時に、 「……だよなあ、普通、じゃないよな」  頭をよぎるのは、『男が相手だなんて普通じゃない、非常識だ、別れろ、って言われたら?』だ。しかも混乱してたとはいえ、俺の気持ちが否定されたのは結構ショックで……あ、また凹んできた。 「あれ、お前今更そこ気にすんの?」 「あー……、まあ、ちょっとな」  俺は言葉を濁した。 「そうだお前、休みの間道場に来いよ! 親父に小中学生の指導補佐しろって言われてるから、手伝え。バイト代出させるし、合間見て稽古もつけてやるから」  斉藤がこうやって気を回して話をずらすの、変わってないな。ありがたく乗っかる。 「斉藤、予定ちゃんと入ってんじゃん」 「家の手伝いは予定とは認めん!」  ははははは、と笑う俺に、 「くっそ、笑うなリア充が! よし、お前扱く、扱いて立てなくしてやるから覚悟しとけ!」 「ヤダ斉藤……新太のを勃たなくなるまで扱くの?」  いつの間にか傍に来ていた直が、顔を真っ赤にしてもじもじしている。 「斉藤君、さいてー」 「ちっげえっつの、何勘違いしてんだ! おい周央、俺が当麻相手にんなことするわけねえだろ!」  斉藤があたふたし始めた。にやにやしながら眺めていると、斉藤は苛立たし気に舌打ちをした。 「おら行くぞ、早く車に乗らねえと、送ってやらないからな!」  斉藤は直の荷物のひとつを奪い取り、さっさと歩き始めた。  他に移動手段が無いため、笑いながらもはいはい、と皆で大人しくついて行く。 「また連絡するから! 絶対、帰る前にうちに遊びに来なさいよ!」 「うん、お出かけもしようね!」  直と委員長は、お互いの姿が見えなくなるまで手を振り合っていた。  斉藤の車は、委員長を家の前まで送り届け、最終目的地、周央家へと向かう。 「うわ、でっか!」  車は、周央家の門の前に停められた。 「斉藤、ここに来るの初めてだっけ?」 「そうだよ。屋敷ってのは聞いてたけど、ここまでとは……周央、凄え家の子だったんだな」  返事が無い。俺と斉藤は顔を見合わせた。  直は、先程までとは打って変わり、下を見つめてぷるぷると震えている。  やっぱり委員長を連れてきた方が良かっただろうか? いや、魔女関係者でないと、屋敷へ入るのは無理だろう。  そういえば斉藤にも委員長にも、未だに詳しい事情を話せていない。 「ほら、降りろ。ここ、そんなに長く路駐できないから」  斉藤はさっさと運転席から降りて車の後ろへ回り、トランクを開けて荷物を取り出した。あっという間に門の出入り口付近まで運んでしまう。 「おーい、直、降りるぞ」  俺は左後部座席から降り、運転席後ろの扉を開く。左手を差し出すと、直の白い右手が乗っかった。  直のゆっくりとした動きに合わせて、手を引く。  まだぷるぷるしている直を抱き寄せ、背中を擦る。直は俺の肩に顔を埋め、ふうっ、と小さな溜息を吐いた。 『連絡しろ』  斉藤が、ジェスチャーと口パクで俺に伝えてきた。大丈夫だったかどうかだけでも、連絡しろってことだろう。俺は頷き返した。ほとんど何も知らないだろうに、ほんと、面倒見のいい奴だ。  委員長、本当に末田先生で良いんだろうか。見た目だけで言えば、斉藤の方が圧倒的にイケメンだぞ? 中身も、なかなかの男前なのにな。 「じゃあ」 「ああ、今日は色々ありがとな」  斉藤は車を発進させた。角を曲がって見えなくなるまで見送る。  さてと。直の両肩を掴んで顔を覗き込む。顔面蒼白だ。 「直」  おでこに軽くキスをした。 「そんなに緊張するな、大丈夫だって。ほら、行こう」  俺は直の手をしっかりと握り、呼び鈴を鳴らした。

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