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Shape of the family 家族の形4
「直さ、すげー喜んでたんだ、世話になってた人達に会えて。恭一郎さんも、直に泊まって欲しかったみたいだし。やっぱこれで正解だったんだと思えば、ここまでの苦労も報われるってもんだよな」
実家に帰ってそう、電話で斉藤に報告したのは俺だ。間違いなく俺。そうです俺ですよ。
ついでに取り引きの際の儀式の内容が明らかになったことで、俺の悩みも解消されたしな。
で、だ。
直から連絡が来ない。向こうで親子水入らずしてるのかとか、カヴンの人達と何かしてる最中かもと思うと、こちらから連絡し辛く。
かろうじて入ってくるメールは、
『ごめん、今日、恭一郎さんと行くところがあるから』
『ごめん、今晩も泊まることにした』
『ごめんね新太、今日も泊まりになりそう』
んで今朝が、
『今日の予定、まだはっきりしてなくて』
直の声なんて、通話してないから周央家訪問以来ひとっことも聞いていない。
まさか日本滞在中、ずっとこれってことは無いよな? 恭一郎さん、ちゃんと直に、取り引きの件、話してくれてるんだよな?
一向に鳴らない携帯を眺めながら実家にいても、専業主婦の母さんにこき使われたり、妹にけなされたり踏みつけられたりするだけなので、俺は仕方なく、今日も斉藤の道場にいる。
でかくてむさ苦しい、しかも気落ちしている男ふたり。
日本の学校も夏休みだ。斉藤のうちの道場は三クラスで構成され、午前中が幼稚園から小学校までのクラス、昼から十五時までが中学生、十七時から二十一時までが高校生から大人まで、参加時間自由クラスとなる。
斉藤と俺が手伝うのは前二クラス。
子どもの相手をしたり、俺達で互いに技をかけ合う。
直から離れて二日目の、休憩時間。
「なあお前さ、四六時中直、直言ってるけど」
「あん? 言ってねーだろ真面目に稽古と手伝いしてるって」
「いやいや隙あらば直が直が言ってんぞ、自覚ねえのか?」
『本当ですわよ、少しは自覚した方がよろしいですわ。頭の中がナオばかりですもの』
「んー、そうかな? ましろが……」
あ、やべ。
「はぁ、マシロガ?」
「あーあーあー、いーや何でもない」
「なあ、お前ちょっと変になったよな? たまに独り言吐いてねえ?」
違う、独り言ではなく、ましろと話している。ましろが他人に聞かせないように脳内会話してきてるだけで。そんで、俺は脳内会話のスキルが無いので、口で返答するしかないだけなのだ。
「あ、お前が変態なのは前からだったか。つか、んなこたどうでも良いんだよ」
えええ、どうでも良いのかよ! いや、まあ正直、突っ込まれても何にも答えられないけどさあ。
「な、少しは他のに目移りしたりしねえの?」
「は、他の?」
「お前いまイギリスだろがお姉さん方のいろんなところのサイズ日本人よりでかいだろ!」
「おっぱいとか、お尻ってことか?」
「そうそう、それ!」
「うーん、何か重そうだし邪魔そうだなとしか」
「はあぁぁぁ!? マジか! 高校ん時にはあんなにおっぱい、お尻言ってた奴が!」
「んな、言ってねーだろ……確かに日本人に比べたら、やたらでかい人見かけるけど、ほんともう大きさに関してはどうでも良いというか」
どう説明すれば伝わるだろう。俺は具体例を思い浮かべてみた。
「あー、ひとりでスーパーに買い物行った時、知らない女性から声掛けられてさ。早口だし、向こう行ったばっかで、何話してんのか分からなくて。何度も聞き返してたら突然、俺の腕取って、おっぱいぐいっぐい押しつけきて。それがまたぼよんぼよんで、でっかくてさ。マジ怖えと思って慌てて逃げ帰ったんだよな」
「はあっ!? なんだその羨ましい状況、AVか! つか、逃げたのかよ!」
「いやー、やっぱおっぱいって、控えめっていうか、むしろ無い? 無い方がそそられるっていうか触りたいというか美味しそうというか、身体の中心に近い分、乳首とか凄え感じやすそうじゃね?
お尻も横に張り出してるようなでかいのより、きゅって締まってて、俺の手の中に納まるくらいが締めつけ感強そうだし、しかも肌がちょっとしっとりしてて、でもすべすべっていうかもちもちっていうか、そういうのだともう最っ高……て、何してんだ斉藤」
斉藤が目の前でもぞもぞやっていると思ったら、自分の道着の合わせを緩め、腕の辺りまで引き下ろし、上半身を晒してきた。
「俺の、おっぱい」
「は? 筋肉ついた逞しい雄っぱいだな、何、自慢?」
「どうよ、欲情する?」
「いや全然それよりもキモいからはやく仕舞えよ」
「おい酷ぇな!」
「んなもん見せられる俺の身にもなれ!」
「くっそ、俺だって別にっ、確認しただけだろ!」
「確認?」
「さっきの例えは周央だろ、つまりお前は周央にしか反応しないってこったろうが!」
「あーそうかそうか、なるほど、納得した!」
「なるほど納得じゃねえよ、くそったれ!」
『面白いご友人ですこと。Birds of a feather flock together、ですわね』
「また古い言い回し出してきたな、類は友を呼ぶってか」
「あん? 俺まで変態扱いすんなよこのど変態が」
あー、またましろに答えてしまった。そろそろこれ、どうにかならねえかな?
で、いま現在、直と離れて三日目。煩悩まみれで座禅を組んでいるわけだ。
くそっ。圧倒的直不足。気落ちしていたのもどこへやらだ。
直の白く艶やかな裸体を思い浮かべる。何度か明るいところで見る機会があって、妙なことに感心したのを思い出した。
色素が薄いと、あそこの毛の色も薄いんだよな。とにかく体毛が薄い。日の光に当たるとよく分かる。肌の辺りがキラキラ光るんだよ。光の膜が覆ってる感じ。
直、もしかしてハーフか何かなのだろうか。うーん、どうだろう。恭一郎さんに聞いても、知らないんだろうしな。
『アラタ、アラタ。ちょっとそこの発情期さん』
「おい随分な呼び方だな、ましろ姉さん」
『懸念事項が無くなって、通常運転に戻りつつあるのは喜ばしいことですけれど、四六時中ナオの痴態を脳内再生される私の身にもなって下さいませんこと?』
「うっ、すまん」
そうでしたそうでした、いつも我慢させてるんでした。
出会った当初はあんなにお嬢様然としていたましろの口調も、やや俗っぽくなってきている。もしかして俺の影響だろうか。だとしたら申し訳ない。
『ねえアラタ、そんなことより、そこらを見学してきてもよろしくって? この歳になって、まさか極東まで本当に来れるとは予想だにしておりませんでしたの! 日本家屋をこの目で見れるだなんて! ナオとアラタのお家は見学させて頂きましたけれど、現代風でしたからね。ここは古くて歴史のありそうな、趣のある建物ですのよ!
ナオの恥ずかしい映像を見させられるのは勘弁ですけれど、私、アラタと契約して本当に良かったと思っていますわ』
「マジごめんって……ましろ、ほんと旅行好きだな」
これでかなりのおばあちゃんだというから驚く。お元気だ。
『まっ、おばあちゃんだなんて失礼な! とにかく、私は行きますわよ』
目を開けると、ましろが俺の影からすっと白い猫姿で抜け出し、とてとてと道場の壁に向かうのが確認できた。そのまま壁を通り抜けて行った。
道場の中は、微かに聞こえるクーラーの音と、蝉の鳴き声だけが響く。
これで、本当にひとりだ。俺は目を固く瞑る。
直にとって一番良いことをしてやりたい。その想いや考えは、常に俺の中にある。他人から強制されたものじゃない、純粋に、俺の中から湧き上がるものだ。
改めて自覚したからこそ。
一緒にいたい。常に傍にいたい。あの匂いを嗅いで、触って舐めて吸って全身使って、そこに直がいるのだと感じたい。
『直』
心の中で呼びかけてみる。脳内会話すら出来ないから、これでやり方合ってるかどうかなんて知らねーけど。
『直、来てくれ、直。俺、もう限界だ』
がらがらがら、と道場の扉が開く音がして、暑い熱気と共に、気のせいだろうか、微かに草の香りが入り込む。
音の主はひとり。目を閉じている俺に気づかれぬよう、足音を殺して近づこうとしているようだが、いやいや、さっきの扉の音で気づいてるって。
近づくごとに、草というよりはハーブの香りと、甘い美味しそうな匂いが、クーラーの風に乗って漂ってくる。
ああ、この甘い匂い。なじみのある、そしてここ数日嗅げなかった、俺が心の底から求めていた愛しい匂いだ。
鼻いっぱいに吸い込む。
「直!」
目と一緒に、口を開いた。
呼ばれた直はびくっ、と跳ねる。手に持ったグラスから、液体が少し溢れたようだ。ぴちゃっ、と音が立った。
「ちょ、新太怖い! 何で分かったの? それからおっきい声、びっくりするから止めてよ、零しちゃった……」
「どうしてここに」
「今日の用事が予定より早く終わったんだ。新太はここにいるからって、斉藤が教えてくれて。しかもいま、車でここまで連れて来てくれたんだよ、ほんと面倒見良いよね斉藤って」
やるな斉藤。座禅組ませたのはサプライズの仕込みかよ。ありがとう、ほんっとうに、ありがとう。
心の中で感謝する。面倒見の良い斉藤に幸あれ、だ。
久々に見る直の顔は、とてもすっきりしていて、可愛くて綺麗な笑顔が、更に輝きを増していた。
そうか、良かった、ここ数日の生活が、直にとって良かったなら。
しかし俺にとっては全くもって、良くなかった。
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