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第7話 銀狐、狙われる 其の一

 翌朝、城下街を出発した(こう)は、南に向かって歩いていた。山までの道のりは街道と呼ばれる、大小様々な大きさの石を地面に埋め込んだ石畳の道を歩いて行けば、特に迷うことはない。  城下街からしばらくは、なだらかな平原が続くが、一日も歩けば大きな森にぶつかる。愚者の森という名前の、多種多様な魔妖達の住処だ。故郷でもある銀狐の里も、この広大な森の中にある。  道中の朝市で晧は、頭巾の付いた外套を購入した。これから行くもうひとつの街は、愚者の森を抜ける為に旅人が支度をする為の街だ。そして何よりも里から一番近い大きな街でもあるのだ。銀狐は里からあまり出ることはないが、それでも月に一度は入用の物を買い出しに街に出たりする。街で里の者に顔を見られてしまったら、それこそ厄介だ。  姿を変えることが出来ればいいのだが、生憎とそこまでの妖力が晧にはなかった。転変といって人形(ひとがた)から本性でもある狐に、そしてまた人形になることが精一杯だった。姿を丸々変えることが出来るのは、それだけ『力』のある証拠でもあるのだ。  夕暮れ近くになって晧は、ようやく街に到着した。頭巾を深く被って街の大通りを歩く。だが昨日訪れた城下街とは違って、人はまばらで開いている屋台も少なかった。  ここに来て晧は、自分がこの街の特徴を失念していたことを悔やむ。  愚者の森が近いこの街は、日が落ちるのと同時にほとんどの店が閉まるのだ。  森を住処としている魔妖は夜に行動する者が多い。特に知性のない獣に近い小物の魔妖は、夜になると森から出て来て街の近くまで徘徊する。  銀狐である晧にとって小物の魔妖など、睨み付けるだけで去っていく何でもない存在だ。だが人にとっては脅威なのだろう。  日が落ちるのと同時に閉まる店には、宿も含まれている。晧は空いている宿探しに奔走した。街の入り口近くの宿に入ったが、当然のことながら満室。旅人同士数人が身を寄せ合う相部屋も満室の有り様だった。  他に宿があるか聞いてみたところ、街外れの森に近いところなら空いているかもしれないという情報を貰った。ここで駄目なら、森に入って木の上にでも登って野宿するしかない。   「……こんなことなら、城下街出てすぐに銀狐に戻って走れば良かったな」    そうすれば人形(ひとがた)よりは早くこの街に着いたはずだ。  ため息をついて晧は満室と言われた宿を後にし、街外れに向かう。  歩く晧の、長い長い影が道に落ちていた。

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