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第12話 銀狐、熱に浮かされる 其の一

 (こう)が運ばれたのは街外れの宿の離れ一室だった。丁度自分が向かっていた宿だ。やはり愚者の森が近いということもあり、この宿は人気が少ない。  自分を助けたこの男は普通の部屋ではなく、離れを選んだ。その時点で何が起こるのか、分からないほど銀狐は子供ではない。  ただ相手が変わっただけだ。  逃げたくとも身体が先程よりも痺れてしまって、動くこともままならない。何よりも朦朧とする頭と熱い身体が、男から感じられる懐かしい匂いに捕らわれてしまっている。  男は晧を寝台に降ろした。  とても優しい手付きで、敷包布に身体が付く。  晧は改めて男を見た。  薄青色の長い髪を下の方でゆったりと纏めた、端正な顔の美丈夫だった。左目にはこの辺りでは珍しい片眼鏡をしている。  男はどこか暖かみのある銀灰の瞳を緩ませて、にっこりと微笑んだ。   「宿の者に布巾(ふきん)手水(ちょうず)を貰って参りますので、少し待っていて下さい」    そう言って部屋を出て行く男に、晧は少しばかり拍子抜けをした。自分を扱う手付きは優しかったものの、あんな姿を見られているのだ。すぐにでも衣着を剥がして、事に及ぶだろうと思っていたというのに。   (……もしかして本当に助けられた……?)    しばらくして男が部屋に戻ってくる。  水の入った手水用の桶と布巾を卓子(つくえ)に置いて、男は再び部屋を出る。そうして戻ってきた時には、男の手には水差しと茶杯があった。  茶杯に水を注いでから、男は寝台のすぐそばに座る。   「お聞きします。いま、私の声が聞こえますか? 理解が出来ますか?」    耳心地の良い男の声に、無言のままこくりと頷いた。   「首は動くのですね。身体はいかがです?」    晧は首を横に振る。   「身体は動かないが首は動く。意識もはっきりしているとなれば、今は小康状態ですね。ですがすぐにぶり返しが来ます。それまでに少し説明をさせて下さい」    そう言って男は胸元から、何やら三角に折られた紙の様なものを取り出した。   「私は名を白霆(はくてい)と申します。城下街にある薬屋で、弟子のようなことをしている者です」    白霆(はくてい)と名乗った男の言葉に晧はこくりと頷いた。弟子の噂は聞いたことがあった。   

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