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第25話 銀狐、謝る 其の四

 須臾(しゅゆ)。  (こう)は彼の何気ない言葉に虚を衝かれたような、もしくは冷え切った手で心の蔵を柔く握られたような、そんな心地がした。この男はあの時、自分の名を呼ばなかっただろうか。だがあの時の自分は、媚薬と香りによって正気ではなかった為、確信が持てなかった。別の言葉を自分の都合のいい言葉として、解釈していた可能性も否定出来なかった。   (自分では耳聡く、鼻も利く方だと思ってたんだけどな……)    それほどあの媚薬は、魔妖にとって恐ろしいものだということだ。情報は回っているかもしれないが、紫君(しくん)の耳に入れておいた方がいいかもしれない。そんなことを思いながら晧は、先程感じた『冷えた心地』に蓋をする。   「銀狐一族の晧という。あらためてよろしくな、白霆(はくてい)」    に、と笑いながら晧は白霆(はくてい)に手を差し出した。自分よりも熱くて大きい手が力強く握り返してくれる様に、自然と晧の銀灰黒の尾が揺れる。   「素敵な名前ですね。貴方にとてもよく似合う。晧、とお呼びしても?」 「……あ、ああ」    さりげなく名前を褒められて温かい気持ちになる反面、何とも言えないむず痒いものが、心の奥から這い上がってきた。それが何なのか分からないまま、晧は(いら)えを返す。   「それでは、晧。晧は山を越えて、南のどちらへ行かれるのです?」 「──っ」    握手の手を解放しないまま、白霆(はくてい)がそんなことを聞いた。まるで暗に、答えるまで離さないと言われているかのようで晧は戸惑う。そしてどう答えていいものか、この辺りにも困惑する。  まさか正直には言えないだろう。実は婚儀の相談までした許婚竜のアレが怖くて逃げ、気持ちを定める為に旅をすることに決めたなどと。しかも南の山越えの動機は『あまり経験がないから、この際に色々と経験しておこう』という軽いもので、特に南の国に目的があるわけではない。    

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