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第34話 銀狐、想像する

 離れの湯殿は大きく、湯船からは木のとても良い香りがした。本来ならば湯の温かさとこの香りに、身体も心もほぐれてとても癒されていただろう。  だが湯に浸かりながら(こう)は、どこか気配を尖らせていた。  実は警戒していたのだ。  湯殿に白霆(はくてい)が入ってくるのではないかと。  だが洗い場に上がって頭を洗い、身体を洗い、耳と尻尾を洗って泡を流してもそんな様子は全くない。  再び湯に身体を沈めて、晧はどこか拍子抜けしたかのように身体を弛緩させた。   (──ってこれじゃあ、入ってきて欲しかったみたいじゃないか……!)    駄目だ。  絶対に駄目だ。  だが、昨日の今日だ。媚薬の所為とはいえ、ふたりで果てた。そして白霆(はくてい)は言ったのだ。自分を口説くと。この耳に接吻(くちづけ)まで落として。   (だから……湯殿で何かされるんじゃないかって思うじゃないか)    怖れとも期待とも言えない悶々とした複雑な気持ちを抱えたまま、しかも妙な想像をしてしまいそうになって、晧は勢い良く湯から上がる。  白霆(はくてい)の言う通り脱衣処には、清潔な眠衣(ねむりぎぬ)が用意されていた。袖を通すと気持ち良く、とても晴れやかな気分になる。  下袴も身に付けてしっかりと衣を整えて、湯殿の建物から出た。  途端に食欲を唆るいい匂いがして、誘われるがままに晧は先程の部屋に戻ってくる。   「お帰りなさい、晧。湯は気持ち良かったですか? さっぱりしたでしょう?」    にこりと爽やかに笑う白霆(はくてい)に出迎えられて、変に胸が高鳴るのと同時に罪悪感のようなものが込み上げてきて、晧は無言でこくりと頷いた。  先程まで白霆(はくてい)は晧の脳内で、いつ湯殿に侵入して来るか分からない不審者だったのだ。しかも湯船にまで入ってきて、こちらが駄目だと言ってるのに聞かずに悪戯をしていた。  脳内で。 「丁度良かったです。いま朝餉の支度をして貰ったところなので、食べましょう。食欲はありますか?」 「……ああ、いい匂いがするなって思ってたんだ。お腹が空いた」 「それは良かった。たくさん食べて下さい、晧」    さり気なく椅子を引かれて席につく。  妙な想像をしてしまったことを、晧は心内で謝った。  だがそれはすぐに撤回することになる。  白霆(はくてい)が再び晧の耳先に触れるだけの接吻(くちづけ)を幾度か落とした。  そうしてくすりと笑うと、向かいの席についたのだ。 

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