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第36話 銀狐、約束する 其のニ

 二杯目の粥も食べ終えて茶を啜っていた(こう)は、白霆(はくてい)の言葉に思い切り噎せた。大丈夫ですかと言いながら席を立とうとする彼を手で制して、何とか息を整える。   「絶対に一緒に入らねぇ……」 「どうしてです?」 「どうしてって……! 絶対変なことするだろう!」 「変? ああ。さすがに公共の場では妙なことはしないですよ。貴方と湯を楽しみたいだけです。この宿のように離れのある温泉でしたら、分からないですが」 「わ……!」 「もしかしたらその頃には、晧の方から一緒に入りたいって思って貰えるかもしれませんし」 「──……っ対にねぇ」 「そこまで拒否されると寂しいものがありますね。ですが貴方と湯を楽しみたいのは本当ですから。人目のある公共の場でしたら、ご一緒しても?」 「……っ」    晧は言葉に詰まる。  いかにも寂しいのだ、悲しいのだと言わんばかりの表情をされて、元来の自分の気質の所為か、お願い事を何とかしてやりたい衝動に駆られるのだ。  白霆(はくてい)を見ていると全く違うというのに、何故か幼竜の頃の白竜(ちび)を思い出してしまうから尚更だ。白竜もそういえばお願い事をするのが上手だった。見た目の愛らしさもあって、何でも聞いてやりたい気持ちになったのを覚えている。   「──……公共の場だったらな」    ぶっきらぼうに晧が応えを返す。   「ありがとうございます、約束ですよ。破らないで下さいね」    とても嬉しそうな顔をして、にこりと笑ってそんなことを言う白霆(はくてい)を見て、どうしても複雑な思いが占めるのだ。それは幸せな満足感である一方で、どこか空虚な切なさにも似ていた。  果たしてこの気持ちは一体何なのか。   (ああ……そうか、不安なのか)    (……白竜(ちび)ともいつかこんな風に)    話の出来る日が来るのだろうか、と。  ふと晧は婚儀の相談の場に現れた、人形(ひとがた)の白竜を思い返していた。彼の人形の印象は云わば極寒の地だ。巧緻な(かんばせ)に、銀灰の長い髪。そして凍てついた焔のような、冷たい灰銀の目。  彼とはその場所でニ言三言、話をしたが晧は彼から逃げることに頭が一杯で、内容をよく覚えていなかった。だが昔からの知り合いとして、親しく話をしたわけではないことは、何となく覚えている。    「本当は公共の場で貴方の肌を晒して欲しくないんですが、でも貴方と湯を楽しみたい。嬉しいですが複雑ですね」  白霆(はくてい)の言葉に晧は自分の思考を中断した。  食後の茶を啜りながら、さり気なくとんでもないこと言う白霆(はくてい)に晧は呆れつつも、どこか楽しんでいる自分がいることに気付く。   「入らなくてもいいぞ、俺は」 「ああ駄目です! 約束したんですからね、守って下さいね!」     ああ、いつか。  こんな風に白竜(ちび)と何気なく話せる日が来るのだろうか。  そんなことを思いながらも、白霆(はくてい)の必死な様子に晧は笑みを浮かべたのだ。     

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