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第40話 銀狐、思い悩む 其の一

 日が落ちる前に二人は『愚者の森』のほぼ中央に位置する宿泊宿に到着することが出来た。  この宿は人と魔妖の混血が、宿の周辺を自分の縄張りだと主張して、近年に建てたものだ。どんなに社会性や秩序が育ってきたとはいえ、魔妖の基本は『力』が全てであり、弱肉強食の世界であることに変わりはない。そんな魔妖達のすみかでもある『愚者の森』の中央で、宿を営み続けることの出来る(あるじ)は一体どんな人物なのか。  先日の遊学の時にこの道を通ったが、銀狐の里から紅麗まで一気に駆け抜けたので、この宿を使う機会がなかった。だから(こう)は興味深々だった。  だが聞けば宿の(あるじ)は私用で数日前から留守にしているらしい。   「もうすぐ子供が産まれるので、家に戻られているんですよ。本当はあんまりこういうのお客様に話しちゃいけないんですけど、いまこの宿を守ってくれているのが鬼族と銀狐族の妖力なので。こちらの可愛……いえ、美人なお兄さん、銀狐でしょ? だから大丈夫かなって」    そう言ってにっこりと笑うのは、ここで働いているという、幼い(なり)をした少女だった。この少女も微力ながら妖力を感じるので、何かしらの魔妖なのだろう。   「なんとお目出度いですね」 「ああ、(あるじ)に会えなかったことは残念だが、なんて目出度い! それに(あるじ)が側いれば、奥方もきっと安心されよう」 「あ、違います、逆なんです逆。うちの女主が子供を産みにおうちに帰ったんですよう。護衛付けないでひとりで山越えして帰ろうとするような豪胆な人なんで、うちの主。しかも産んだらすぐに戻ってくるからとか言い出しちゃって、慌ててみんなで止めたり。野生に近い性質なんでしょうねぇ」 「……」    銀狐は絶句した。  『愚者の森』の中央に宿が建ったことは知っていたが、(あるじ)が女性であるとは思いもしなかったのだ。話を聞いていると他にも色々とあるようで、何とも剛気でかつ優しい人柄であるらしい。  ますます会ってみたい。  もしかしたら里長が先に行ってしまうかもしれないが、(あるじ)に子供が生まれてから挨拶に伺おうと、晧はそんなことを思う。  それに。   (もっと……)    ここの女主のように自分も豪胆な性格であれば良かった、などとふと、そんなことを考えてしまうのだ。   (成竜となった白竜(ちび)を見て動揺せずに、どんと構えて受け入れる剛気が)    自分にあれば、こんな風に心を整理する為に逃げなくても済んだのかもしれない。成竜になって人形(ひとがた)を執ったばかりの白竜(ちび)を、気遣ってやれたかもしれない。  アレが怖くて逃げ出したのもそうだが、何より可愛い可愛いと思っていた年下の竜が、立派に成長して自分を抱くのだと言わんばかりの目を向けるのだ。  動揺のひとつもするじゃないか。

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