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第42話 銀狐、思い悩む 其の三

 冷水を浴びたような、ぞくりとした寒さが足元から這い上がってくるかのようだった。『好き』という気持ちが心の中で甘く、そして冷ややかに(こう)の心を締め付ける。  どうして昨日今日会ったばかりの男に、こんな感情を抱いてしまったのだろう。自分には昔から決められた許婚竜がいるというのに。大切な白竜(ちび)がいるというのに。  だが白霆(はくてい)に触れられるととても嬉しくなるし、離れられると何とも言い難い寂しさが襲ってきて、心が叫び出すのだ。  それはまるで心ごと初めから白霆(はくてい)という存在に、柔く毅く縛られているかのようだった。              ***  翌朝、白霆(はくてい)が部屋に迎えにやってきた。  すでに支度を整えていた晧は、大きく深呼吸をしてから引き戸を開ける。   「おはようございます、晧。昨日はよく眠れましたか?」 「──ああ、大丈夫だ。白霆もよく眠れたか?」 「ええ、ありがとうございます」    そう言ってにこりと笑う白霆(はくてい)の顔を、晧はいつものように真っ直ぐに見ることが出来ない。だが白霆(はくてい)は特に気にする様子もなく、朝餉に行きましょうと晧を促す。  昨日から消化できない気持ちが、深々と降る雪のように、心の中に冷たく降り積もっていた。だがどうすることも出来ない。前を歩く白霆(はくてい)の逞しく大きな背中を、晧はまるで迷子にでもなってしまったかのような、途方に暮れた瞳で見つめることしか出来なかった。   「──晧?」    振り向いて白霆(はくてい)が呼ぶ。  ああまた、心配を掛けてしまうかもしれない。  そう思った晧は、全ての感情を覆い隠して彼に笑いかけた。   「……腹へったな! 早く朝餉食べに行こう、白霆(はくてい)! んで食べたら速攻出発するぞ。日暮れまでには森の切れ目にある川沿いの宿に到着したい。んで今日の夕餉は紫君(しくん)に勧められた川魚の煮付けに決まりだ!」 「例の、川魚の煮付けが有名な宿ですね。楽しみですね」 「ああ。……って俺が勝手に決めてるけど、お前は大丈夫なのか?」 「ええ、私も川魚好きなので楽しみです。それに晧が楽しそうにしていらっしゃるのを見るのが、何よりも一番の楽しみですので」 

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