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第53話 銀狐、ある人と出会う 其の四

「……(ゆう)を素手で倒したっていうのも聞いた」    (こう)の言葉に女主はきょとんとしていたが、途端に豪快に笑い出した。   「ああ、そうさ。最近数が増えてねぇ。宿の近くや、ここの集落の近くまで降りてくる。腕っぷしには自信があるから、ちょっとひと叩き……」    女主がぶんっと腕を振る動作をしようとする。  だが再び痛みに襲われたのだろう。  険しい顔をして息を詰める。   「息、詰めては駄目ですよ。ゆっくり呼吸して下さい。呼吸をして痛みを少しずつ逃がす感じです。そう……上手です」    白霆(はくてい)の言葉に従い、女主がゆっくりと息を吸っては吐いてを繰り返す。   「白霆(はくてい)、女主は大丈夫なのか?」 「痛みの間隔が短いですね。もしかしたらあと数刻かもしれません。女主、貴女の住む集落はこの道の奥ですか?」    こくりと女主が頷く。   「集落の男衆に頼んで、戸板か荷車を出して貰ってきます。あ、申し遅れました。私、紅麗の薬屋『麒澄(きすみ)』で弟子のようなものをしております、薬師の白霆(はくてい)と申します。女主、貴女のお名前を教えて頂いても?」 「……あんたが噂の、あの変わり者の弟子かい。 私は|霽月《せいげつ》だ」 「貴女に似合う、良き名前ですね。では霽月(せいげつ)、晧とここでお待ち下さい。晧、頼みましたよ!」 「おう!」 「もしまた痛みが始まったら、声を掛けてあげて下さい。決して息を詰めてはいけません。お腹の赤ん坊に空気が届かなくなりますので。晧も一緒に呼吸してあげて下さいね」             ***  道の向こうに消えていく白霆(はくてい)の背中を見送る。何故か自分の元から離れていく姿が寂しく感じるのと同時に、その背中がとても頼もしく思えてくる。今はそんなことを思っている場合じゃないというのに。晧は自分を戒める。   「晧っていったね? 済まないねぇ」 「え? 何がだ?」 「()い人から離しちまって」    晧はきょとんとして霽月(せいげつ)を見る。  ()い人とは何のことだと言わんばかりに首を傾げた。だがしばらくして、ようやく言葉の意味を理解した晧が、顔を赤らめながら、ぶんぶんと勢い良く首を横に振る。   「違う違う! 全然そんなんじゃねぇから」 「そうかい? 強い(えにし)を感じたけどねぇ」                       

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