51 / 107

第52話 銀狐、とある人と出会う 其の三

 (こう)は走り出した。白霆(はくてい)も晧の言葉に敏速に反応して、走り出す。  やがて見えてきたのは、木の幹に身体を預け、苦しげに息をする、まだ若い女性の姿だった。気配と匂いからして、彼女は人と魔妖の混血だろう。  女性は大きなお腹に手を添えて、何かに耐えるように顔をしかめている。   「──大丈夫か!?」    晧は女性のそばに座ると声を掛けた。   「ゆっくり……息を吸って、吐いて下さい。そう、ゆっくりです。落ち着いて」    白霆(はくてい)もまた女性に声を掛ける。女性は白霆(はくてい)に従ってゆっくりと呼吸を繰り返した。やがて痛みが落ち着き、呼吸が整ってきたのを見計らって、白霆(はくてい)が水を差し出す。  こくりと一口飲んだ女性は、自虐的にくつりと笑った。   「……珍しい獣肉が手に入ったんで、どうしても隣村の親兄弟にも食べて貰いたくてねぇ。届けて帰る途中だったのさ。みんなの言うことを聞かずに出掛けてしまったから、罰が当たったんだねぇ。旅の方、恩に切るよ。『愚者の森』を抜けるのなら、是非森の中にあるうちの宿によっておくれ。盛大にもてなすよ」    女性の言葉に、晧と白霆(はくてい)が顔を見合わせる。   「あの宿の女主!?」    晧は驚いて再び彼女を見た。  『愚者の森』の中央で縄張りを勝ち取ったのが、人と魔妖の混血であると噂に聞いた時も驚いた。そして宿で従業者の少女から、主が女性であると聞いて更に驚いた。そしていま、どんな猛者か豪傑かと思っていた女主が目の前にいるのだ。  人は見かけに寄らないという言葉を、見事に体現したような人だと晧は思った。とても線の細い人だったのだ。自分の想像した姿とあまりにも違っていて、これもまた喫驚(きっきょう)する。   「おや、私のことを知っているということは、森抜けからの旅人かねぇ、可愛い銀狐のお兄さん」 「か、かわ……! も、森抜けの時に利用させて貰った。従業者の少女が言ってたんだ。主が身重なのに供を付けずに、ひとりで山越えして家に帰ろうとしたから、慌てて止めたって」 「おやおや、あの子だねぇ。……ったくいくら好みの可愛い銀狐のお兄さんだからって人のことを……恥ずかしいったらありゃしない」

ともだちにシェアしよう!