霽月(さいげつ)を家に送り届けると同時に、村の人々が白霆(はくてい)の指示に従って慌ただしく動き出した。ある程度は準備されてはいたが、それでもまだまだ足りない湯を竈で沸かし、清潔な布や綿などをたくさん運び込む。米を炊き、これからの為に屯食や汁物を作ろうとする者もいた。 　霽月(さいげつ)の周りには出産を経験した者が付き添っている。彼女の伴侶は、彼女の代わりに宿の仕入れの為に紅麗に行ったらしい。伴侶へは『折り式』という術力のない者でも使える、簡易的な連絡用の紙の鳥で知らせ、すぐ戻るという応えがあったのだという。 　そして霽月(さいげつ)の様子を何度か見ていた白霆(はくてい)だったが、湯を沸かした後の火の番をしている晧(こう)の元へやってきた。 　ふと合う視線。 　その目が今までに見た白霆(はくてい)のそれと全く違っていて、晧は内心とてもどきりとした。とても真剣で体の異変を見逃すものかと言わんばかりの眼差しと、引き締まった表情。白霆(はくてい)の『薬師』としての仕事の顔だったのだろう。 　それが晧と目が合った途端に緩んだことに、ほっと息をついてくれたことに、ひどく優越感がした。 　 「白霆(はくてい)。霽月(さいげつ)、どうだ？」 「痛みの間隔が更に短くなってきていますね。そろそろ『御取り上げ様』に来て頂かないと」 「そうか……。ちなみに白霆(はくてい)は『御取り上げ様』の経験ってあるのか？」 「師匠の補佐という形でしたら、幾度かは。ですがあくまで補佐でしたので、自分で仕切ってというのは未経験です」 「……そうか……っていうか麒澄(きすみ)医生って『御取り上げ様』もしてるのか！　意外だな」 「あの方は条件させ満たせば、何でもなさるので」 「麒澄医生らしいな。まあ確かに厄介な人だけど、腕は確かだもんな。俺もいつか……」 「え？」 「──っ、あ何でもない何でもない！」 　 　思わず呟いてしまった言葉を晧は否定する。いくら本能が『産む』ことを望んでいても、感情的にはとても複雑な思いがずっと晧の心内で渦巻いているのだ。 　いま考えても仕方のないことに対して、思考の海に沈んでいきそうになるのを、晧はぶんぶんと勢いよく頭(かぶり)を降って浮上させる。 　 「──そうだ！　俺が『御取り上げ様』を迎えに行ってくるよ」 「晧？」 「多分待つより俺が銀狐の姿に戻って、迎えに行った方が早い。『御取り上げ様』が俺の本性を怖がらなければの話だけど」