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第59話 銀狐、思い知る 其の五

 (こう)は絶句した。  思わず震えてしまいそうになる唇を噛み締めてから、言葉を紡ぐ。   「それは……天から定められているということか……?」 「こんな(えにし)()たことがないから、確かなことは言えないけど…恐らくはそうなんだろうね」 「俺の縁は、誰と繋がってるって……?」    答えは知っているようなものだった。話の流れからして、たったひとりしかいない。赤子が生まれる前に霽月(さいげつ)は、少しだけだが話をしていたのだ。  それでも聞いたのは確実な答えを目の前に晒されて、突き付けられたかったのかもしれない。  天から定められた縁を持つ者の名前を。    「──白霆(はくてい)だよ、晧」                     ***    霽月の部屋を辞した晧は、湯を貰い、離れに続く渡廊をとぼとぼと歩いていた。     ──これだけ縁の強い二人なんだから、しっかりと話し合いなよ。  ──お互いに満更でもないんだろう?    霽月から掛けられたら言葉が、頭の中に浮かんでは消えていく。自分は彼女に何と返しただろう。そうだなとか、話し合ってみるよとか、そんな当たり障りのない言葉を言った気がする。察しの良い彼女はきっと気付いただろう。  晧に全くその気がないことを。  確かに白霆に惹かれていたのは確かだ。  離れたくないのだと、本能が叫んでいたことも確かだ。  だが縁の話を聞いて、色んな想いが冷え始めたのは事実だった。  天から繋がる二人の縁。  繋がっている先は本来なら白竜(ちび)だったのかもしれないと、晧はふと思った。  次期長の証である紋様を持った銀狐が生まれてくると、数年後に必ず番となる同じ紋様を持った真竜が生まれてくるという。それこそがまさに天の采配であり、天の縁なのではないだろうか。  心という水面に冷水を落とされて、その波紋がじわりと広がっていくのを、ただ見ていることしか出来ない。  どんなに縁が強く繋がっていても、どんなに離れたくないと思っていても、この旅が終われば別れがやってくる。   (……元々その予定だったはずだ……!)    なのにどうして心はこんなにも、痛みを訴えてくるのだろう。   やがて離れの部屋の前に辿り着く。  そっと引き戸を開けて中に入れば、卓子(つくえ)と二つの寝台が目に入った。寝台のひとつに膨らみがある。  白霆(はくてい)はもう寝台に入って、眠っているようだった。   丸い形をした紙灯籠が卓子の中央に灯されていて、時折ゆらりと影が揺れている。  そして彼の端正な顔にも、大きな影が落ちる。  駄目、だった。  白霆の顔を見た途端に、心の奥底からせり上がってくる本能的な想いがある。  あの重みと温かさを腕に抱いた須臾(しゅゆ)に、漠然と感じていたものがいま、はっきりと示された。   (──ああ、俺は)    この男の子供を孕みたいのだ、と。        

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