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   一  一人の人間が一人の人間をこんなに苦しめることが許されるのか、という憤り。  力のない者は力ある者にどうしたって支配されてしまうという、この世の不条理。  我知らず、いつのまにかとりかえしのつかない不幸に堕ちてしまっている、悲しみ。  けれど、いまぼくが泣いているのはそんな高尚で精神的かつ形而上的な心痛のせいではなくて、長いペニスによって背後から深々とアヌスを貫かれ、内臓を突きあげられて、加えて容赦なく背中へと振りおろされる革の痛みに耐えきれずに、どう止めようとしても涙が浮かんできてしまうからだった。  泣くのは嫌だ。  声をあげるのも嫌だ。  でもこの我慢ならない、肉体的かつ形而下的な苦しみのために、ぼくはなけなしの自尊心をかなぐり捨て、身悶え、声の限りに叫ばなくてはならない。 「やめて…。お願い、ゆるして――! (さとる)さん……!」  叫んで助けを乞うたところでなんにもならないのに、かすかな期待を込めてぼくは口にしてしまう。けれど責め苦は延々と変わることなく、ああ、やっぱりダメなんだと思い知って、深い諦念と癒えない傷をさらに深めることになるのだ。  革が鋭く空気を切る。  皮膚にしたたかに当たる衝撃と、「ああっ」というぼくの絶叫が重なる。ピストンを繰り返すペニスは一定のリズムを崩さず、それは永遠に続くかと思われるほど長時間、ぼくを(さいな)み続ける。  一刻も早く終わってほしいという望みとは裏腹に、一時間以上も出し入れを繰り返されて、いよいよ全身が震え始める。疲れと痛みに痙攣が起きてしまうのだ。ペニスを入れられている間はずっとどこかしら筋肉が緊張しているのだから疲れもする。  それにしても、よくベルトを操りながら一定のピストンを続けられるものだ。ぼくは体を貫かれ傷みつけられながら、朦朧とした頭でふと考える。器用な人だと…。  この愛情のひとかけらもない、どころか、膨れあがった憎悪で凶悪化してゆくセックスを、こうも毎日繰り返されては、さすがのぼくでも生きてゆく意味だの息する価値だのが日一日と分からなくなる。  こんなふうにダッチワイフか下級の娼婦みたいなことを毎日やらされていたら、さすがに人間扱いをされていないことに気が付くし、ならばぼくは人のなりしたクズなのかそれとももっと下等なのか、それがいかようにしてこうも身を堕としちゃったのか、みたいなことを考えずにはいられない。  ベルトによって付けられる傷は今もそうとう痛いけれど、このあとシャワーを浴びたり、服を着たりするたびにひりひりとぼくを悩ませる。そして癒えないうちにまた新しい傷を付けられるのだ。本当にたまらない。  けれどこんなにひどいセックス、だか強姦だか分からないけれど、終わりの方は少しだけ悪くない。  絶頂を迎える前になると悟さんはベルトを放り出し、ぼくの腰をしっかり掴んでピストンを速める。速まるのはそれなりに辛いんだけど速いから挿入が少しだけ浅くなる。挿入が浅いとぼくの前立腺の性感帯にうまいこと先っぽの当たる確率が高くなる、てなわけで、ぼくはこの時に至って、バカみたいに感じてめちゃくちゃに勃起するのだ。  でも、いいじゃんか。毎日こんなに苦労してんだからさ。ちょっとくらい善がってお楽しみしたって、バチあたんねーだろ? いやこれって、ある種の自暴自棄かもしんないけど。 「あん…、あん…、あん…、」  発情した猫みたいな喘ぎが洩れる。  腰に纏わりつく痺れが勢いとなって、突如として噴射した。ああ、イっちまった。くそド淫乱。まだ早いっての。  自分がイっちゃったあとはピストンを受けるのがいっそうつらい。きっとまだ十分はある。なんでこう悟さんは長いんだろう。ブツも、ヤる時間も。いや、だからって他の野郎とヤったことがないから、本当に長いのかはじつのところ分からないけど。ただ、こういうのってセクハラと同じで、ヤられる方が長いと感じれば長いと思っていいんだよな。他のと比べたりするようなもんじゃなくてサ。 「んぁ…、んぁ…、んぁ…、」  そのうち考える余裕もなくなって、ピストンにあわせてひたすら喉が鳴る。  ペニスを受け続けている腰がそろそろヤバそうになる。ケツの穴は近いうちにゴムが切れるんじゃないか。しまりが悪くなったらうんちはどうなるんだろう、ちゃんと出口で止まってくれるんだろうか。そのうち直腸も破けるに違いない。こんなに鋭く突かれてるんだもの。胃が破けたら死ぬけど直腸はどうなんだろう。ああ、死ぬことはないか。胃は消化器官だけど、直腸は吸収器官だ……。 「んあ! んあ! んあ!」  フィニッシュに向けて深々と根元まで差し込まれ、体全体のピストンに変わる。ああ、ああ、ああ。つらい、ただただ、苦しい…。おなかが破裂しそう。 「ううう…」  ようやく悟さんがイった。彼は射精のときだけ、こんな声を出す。  ペニスが抜かれると、ぼくの体はどっと力が抜けてベッドの上で頽れる。  ようやく一仕事。  でも今からも、嫌なお仕事が待っていた。

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