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 いつものごとく悟さんはぼくの頭を膝で跨いで、醜悪な匂いのするペニスを口元に持ってくる。ぼくはこれを舐めて綺麗にしなくちゃならない。肛門に入っていたやつを、だ。  初めてのときはどうしても嫌で拒絶していたら、頬やら頭やらを平手で連打されて気絶した。悟さんは気絶したぼくの口に勝手に出し入れして綺麗にしたって言っていた。悪魔のようなやつだ。  だから今夜もぼくはおとなしく舐めあげる。うんちのかすがついていてもしょうがないよな、って諦める。  でも口に入れたては、たいがいその汚さに喉が鳴って、吐き気を催す。ぼくはそのうちこのせいで病気になるだろう。けれど最近はネットで調べて、ヤるまえの直腸洗浄の仕方を覚えた。それで少しはバイ菌が減るといいんだけど、まあ、あまり期待はしていない。 「なにを考えている、佳樹(よしき)」  悟さんが低く唸った。 「……?」  ぼくは力のなくなったペニスを咥えながら悟さんを見あげた。 「嫌だなんて、考えてんじゃねえだろうな」  そうしてぼくの髪をきつく掴みあげる。ペニスが口から外れそうになって、なぜだかぼくは魚みたいに必死に食らいつこうとした。別に、放したっていいものを。  ぼくは頭が悪くて、ときたま呆れるほどこんなふうに頭が四角ばる。「ねばならない」に、異常に囚われるときがある。 「その空っぽの頭で、なにを考えていやがる」  高い場所からぼくを睥睨する。なんて酷薄なまなざしだろう。ぼくはどう答えるべきか迷ったまま、悟さんを茫然と見あげた。 「もっと舐めろ。もっと綺麗にしろ。偉そうに頭で考えるな。お前はなにも考えずに、人形のようにしていればいいんだ」  氷のような双眸が怒りの色で満ちる。  なんで、そんなこと…。  なんでここまで言われなくちゃならないんだろう。考えるくらいいいじゃないか。体は毎晩のように、好きなようにさせているんだから。  言いしれぬ哀しみをできるだけ顔に出さないようにして、懸命に舌を使った。 「淫乱。淫売」  侮蔑の言葉が黒い澱となってぼくの心の底へと沈んでゆく。  はい、そうです。ぼくは淫乱です。  またれっきとした淫売でもあるだろう。こうやって春を売って、あなたに生きることのすべてを世話になっているのだから。  それが、あなたのぼくへの憎悪の理由なのだろうか。  だからぼくをこんなにまで打ちのめすセックスを、毎晩のように強要するのだろうか。  でも、どっちがどっちだかぼくには分からない。抱かれるから淫売なのか、淫売だから抱かれるのか。あれ。これって数学の必要十分条件に似ているな。ああ、ばっからし。  綺麗になったと思ったら、悟さんはパンツだけ履いてさっさと寝てしまう。  ぼくはヤられすぎておぼつかなくなった足でよろよろと起き上がり、ヒリヒリする背中にひょこひょことパジャマを羽織ってリビングに行く。ケツが痛いから、おそるおそるソファに横になる。  この一月に悟さんのマンションに来てからずっと、ここがぼくの寝床だ。薄い毛布を引っかぶって、猫みたいに丸くなる。  別に、どんな寝床でもいい。ぼくはその気になれば、どこででも安らかに眠れた。  ただ、これからもずっとこの生活が続くのだ。それをどこまで耐え忍ぶことができるだろう。そんな不安の中で(まぶた)を閉じる。  背中が痛い。口をすすがなきゃならないのに起きるのが億劫だ。  もう。  どうにでもなれ。  病気にでもならないかな。そうしたらなにかが変わりそうな気がする。でなければぼくはずっとこのままだ。  ――ああ、そんなことすらどうでもいいじゃないか。  そう。なにかもがどうでもいい。  沈んでゆく。  堕ちてゆく。  ぼくはひとり狂いながら、見えなくなっていく――――。

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