3 / 70

p3

   二  悟さんによって新しく入れられた高校はミッションスクールで、二時間目と三時間目の間に礼拝なる時間がある。  まったく笑っちまうね。  どういう神経をしてんだか分からない。毎日ヤられてガバガバになったお尻を抱えて、どんなツラをさげて神様の前に出ろってんだ。  だからぼくはこの一ヶ月、そのお礼拝とやらには出ていない。  一度担任に「なぜ出ないんだ」と()かれたから、ぼくは仏教徒なんですってホラを吹いた。「強制的な宗教行事に参加しなくてもいいという信教の自由は、憲法でも保障されていますよね?」って切り返したら、それきりなにも言ってこない。  三十分ばかりの礼拝の時間がありがたいのは、全校生徒がそこに集まり、またほとんどの教師も出席するため、校内がガラ空きになることだ。もちろん、そこで誰かの財布の中身でもくすねてやろうなんてことはさすがに考えていない。でももしそんな事件がおきたら、疑われるのは毎日その時間にふらふらしているぼくだろう。  体育倉庫の裏手にある自転車置き場の一角に座り込んでタバコに火をつけた。  極楽極楽。  後ろの孔は座るたびに痛いけれど、いまくらいは気にすまいよ。タバコはぼくの数少ない楽しみの一つ。てか、実際これだけじゃね? こうもセックス三昧の日々では、他のことを愉しむ余力がないのだ。 「そこでなにをやっている!」  ところがいきなりそうこられて、体ごとびくんと跳ねた。一昔前なら「センコーか?」ってところだ。けれどももう見られちまっていることだし、携帯トレーで揉み消す前に声の主を確かめることにした。だるっこく斜め上を見あげる。 (う…げ)  そのとおり、しかめ面になった。  こいつか。ま。とりあえず教師じゃなくてよかったスけど。  彼は生真面目を絵に描いたような表情でぼくを見おろしていた。  つりあがった二重の双眸は、このどうしようもない転校生をどうやって更正させようかという使命感に燃え、また、ぼくにはどうしても予測の掴めないぼくへのなにかしらの興味を(あら)わにしつつ、強い光を放っている。でも興味といっても、残念ながらセクシャルなことじゃないことくらいは、いくらなんでも伝わってくる。  ジャニーズみたいなかっこいいはやりのスタイルの髪と、ぱりっと糊の効いた制服。なんだかいつもぼくはヨレヨレで申し訳ないです、って言うべきかしら。校風偏差値を下げちまってますよねー、って。  さらに彼は、イケメン顔にスタイル抜群、スポーツ万能。それでいて成績はトップ。誰にでも優しくて、今年度の生徒会会長――――う?…あ?――――気持ち悪ぃ。吐きそう。お願いです、旦那様。アナタみたいなお偉いお殿様はアタシにゃご縁がなさすぎて、こうそばに寄られちゃ迷惑というものでありんす。アタシは、すぐにホレタハレタになっちまいますんで。  ということはぼくもオネエ道まっしぐらということなのかしら。転校初日に声をかけられて以来、同級生のこいつにぞっこんなのだから。もっといってしまえば、ときおり悟さんがこいつだったらいいのに…なんて、あらぬ妄想まで膨らませているんだからさ。 「礼拝にも出ないで、こんなところでなにをやっているんだ!」  すがすがしいまでの正義漢で言う。人のこと言えた義理か。 「あんたこそ、お礼拝に出なくていーのかよ」  空に煙を吐きながら言い返してやった。 「きみはタバコを吸うのか?」  ぼくの問いには答えず、戸惑い気味に訊ね返す。 「見てのとおり」  ぼくは平然と答えた。ぷかぁ、と、煙突みたいに噴いてやる。 「この学校では、タバコは停学処分だよ」  硬い声。そんなリアクションされると、からかいたくなっちまうだろが。 「へえ? そうなの? そりゃあ、いいね。堂々と学校を休めるってもんだ」  へへーんだ。そんなオドシじゃオイラはびくともしないのさ。 「何度も繰り返すと退学だ」 「ふぅん。ちょーどいいや。この学校、そろそろ飽きてきたから」  そして、プカァ。  工藤が絶句しているのが空気から伝わってくる。痛快痛快。  その途端、背後からハッハハハハッという高笑いが聞こえてきて、ぼくは驚いて振り返った。 「やめとけ。工藤。おまえの負け」  爽やかな声が続く。 「高橋先輩」  見ると、そのタカハシセンパイという人が、一歩一歩こちらに近付いてくる。なんだ、こやつは。お礼拝さぼり組はぼくだけじゃないのか。  見知らぬ人物の登場に急いで立ちあがった。同時に、ずっきんと後ろの孔が痛む。この痛み、この人たちには分からぬことだな。でも見知らぬ人間が近付いてきてのんびり座り込んでいられるほど、ぼくのお育ちはよろしくない。  タカハシは興味津々といった薄ら笑いを顔に浮かべながら、両手をズボンのポケットに入れてゆっくりと近づいてくる。  ヨレた学ランの前は開け放しで、地毛なのか脱色しているのか、琥珀のような茶色の髪は無造作に伸びていて、なんとなくこの学校には似つかわしくないスレっからした感じがする。 「おもしろい奴だな」  ニタニタと笑いながらぼくの数歩先で止まると、切れ長の目でぼくを見おろした。でけぇ、というのが第一印象だった。 「あんた、誰?」  ぷかぁと煙を吐いた。そいつが怪訝そうな顔をする。 「俺を知らないのか。こいつ、転校生か、工藤?」

ともだちにシェアしよう!