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「はい。春からの転校生です。二年です。いま、僕と同じクラスで」
「ああ。なるほど」
もう一度、ぼくの顔に視線を戻す。なんなの。このやりとり。
「あんた、この学校でそんなに有名人なわけ?」
ふう、と、そいつに吹きかけてやる。番を張ってるやつかもしれないのに我ながら怖いもの知らずだよな、とか思いながら。いきなりキレてぶん殴ってくるようなやつだったら、どうしよう。ま、いっか。
「昨年度の生徒会会長だよ」
隣りで工藤がこともなげに答える。
(――げ)
声になりそうだった。
前職か。
目の前に、現職と前職。まじか。
ああ、お殿様方。
女郎佳樹くんが叫ぶ。
これはちとはしためには刺激が強うござんす、お捨て置きくだせえまし。
ぼくは、短くなったタバコを地面に放って靴で揉み消した。もちろん、わざとだ。問題にしたくなきゃどっちかが拾いやがれってな感じで。
「おい工藤。こいつはちょっと、おまえ向きじゃないぞ」
タカハシ前職が面白そうにぼくを眺めながら、しみじみと断言する。それでぼくは内心、むっとした。
なんだよ。
工藤向きじゃねえってのはどういう意味だよ。人の恋路の邪魔をする気か。
「こいつのことは俺に任せて、おまえは見回りの続きしろ」
え。見回りなんかしてんの、工藤。センコーの犬か、てめえは。
「でも」
「大丈夫、任せておけ。次の授業には、行かせるよ」
「ふざけんな! 勝手に決めんなよ! 授業なんか出ねぇよ、オレ」
ぼくはイキ巻いた。だって、もうちょっと工藤と一緒にいたいんだよ、分からねぇのか。いや、分かるわけねぇか。
タカハシが片手でしっしっと工藤を追い払う。工藤が、それじゃあ、と頭を下げて背中を向ける。
…ああ。工藤さん。せっかくお会いできたんだから、本当は、もちょっとお話していたかった。素直になれなくて、ごめんなさいね、アタシ。と、その背中を見送りながらハンカチの端を噛む気持ちになる。
「お前も座れ」
タカハシが渡り廊下のコンクリに腰掛けた。この野郎、余計な真似しやがって。
ぼくはタカハシを睨みつつ、ケツが痛まないようヒョコ…と静かに隣に座った。しゃがみながら、それにしてもなんだってこんな初対面の相手の言う通りにしちゃうんだろうと、我ながら不可解だった。
それってもしかしたら、毎晩悟さんの言いなりになってばかりいるから、命令形にはなにも考えずに従う癖でもついちゃっているのかしらん。それってやばいな。一種の洗脳じゃないの。
学ランの内ポケットからタカハシがタバコを取り出し、火をつけて旨そうに吸い始める。へえ、そういう奴なんだ、前職のくせに。
「お前も吸ったら?」
しゃあしゃあと言う。ずいぶんと肝の座った男だ。
ぼくはいまに至って、ようやくその顔をとくと眺める気になった。
工藤が「端正」なら、こいつはそれに「精悍」という文字が足されるかもしれない。
全体的に筋肉ばった体をしているし、さっき殴られなくてよかったな。数メートルはふっ飛ばされていたかも。
「ねえ。あんたがタバコ吸ってること、誰かに言いつけちゃうかもよ、オレ。いいの? そんなに無用心で」
意地悪く言ってみた。なんだかこいつからはでも、突然キレそうな危なっかしい感じはしてこない。むしろちょっと安心できるような長閑 な雰囲気さえあって、だから先輩相手にタメ口でこんなことも言えちゃったわけだ。
「別にいいさ。――それ、おまえが拾えよ」
ぼくがさっき靴で揉み消した吸い殻を顎で指し示す。
「嫌だって言ったら?」
ぼくは挑発的に言い返した。
こんなやつを見ていると、わざと怒らせて本性を剥き出しにしてやりたくなる。こういうのって心理学的にはどう呼ぶのかな。マゾ? サド? 人格障害? …人格障害って言葉、ぼくにすごくよく似合っているな。お気に入り登録しとこう。
「お前、可愛い顔してハリネズミみたいだな」
ちょっとした沈黙の後で、タカハシがしれっと言う。
(なんだと?)
こめかみが疼いた。
可愛いたぁなんだぁ、可愛いたぁ。ひとのことナメとんのんか。
「いや、やっぱウニだな、ウニ。ハリネズミは、そうしょっちゅう針立てないもんな。いつも刺々しいの、ウニだ、ウニ」
ひとりで言葉遊びを愉しんでいる。
「ふざけんな。バカにしてんのか、あんた。何様のつもりだよ」
ぼくは捲したてた。
「その言葉、そのまんまお前に返す。自分で拾えよ、それ」
落ち着き払った態度で携帯トレーに吸いかけを入れ、低くそう言って、タカハシはさっさと立ちあがる。スマホで時間を確認しながら、
「おっと。そろそろ授業が始まるな。工藤にはああ言ったけど、出るか出ないかはお好きに。じゃあな」
後ろ手にひらひらと振って、静かに去ってゆく。
(…変なやつ)
悔しいけれど、ぼくはこっそり吸殻を拾った。
だってそのために携帯トレーを持ち歩いてんだものな。こんなことで騒ぎになってタバコが吸いにくくなったりしたら、それこそ本末転倒じゃん。
――タカハシ。
確かにちょいとかっこいい造作をした顔であった。しかしなんともオッサンくさい。ああいうのとは、あんましかかわりあいたくねぇな。人を小バカにしやがったし。
それが前職タカハシとの出会いだった。花の香芳しい、五月の末のこと。
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