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「泣くな」
浮かんだぼくの涙に気付いて、悟さんが鋭く命じる。
「お前は淫乱で淫売な人形なんだから、人間みたいに泣くんじゃねえ」
なんで…?
そんなの、ひどい。
そう思って目を閉じると、ひとしずく涙が零れ落ちた。それでまた、バシンとひっぱたかれる。髪を掴まれているから、引っぱられて頭も痛い。
「泣くんじゃねえって言ってんだろうが!」
今度は大きな怒声が飛ぶ。
髪を掴んだまま腕を振りおろして、悟さんがぼくをベッドから放り出す。
「もういい。汚らしい娼婦野郎」
床への衝撃で、ぼくはしばらく呆然とした。娼婦野郎…って初めて聞く言葉だな。グレーゾーンて感じだな。とかぼんやりと思いながら。
悟さんはそのまま布団に潜り込んでしまう。
リビングに戻ろうとしたぼくは手首を縛られたままでいることに気付いた。何時間もされっぱなしだから、生まれてこのかたこんなじゃなかったかしらと錯覚していた。
「あの、これ…」
悟さんの枕元に手首を差し出した。まだ眠っていなかったみたいで、悟さんがぎろりときつい視線を遣す。
その顔を見て、ぼくはふと気付いた。悟さんは別に悪い顔はしていない。どちらかというと、はやりの俳優並みのかっこいい顔を持っている。なのになぜ、ぼくとばかりセックスをするのだろう。いや、でも、もしかしたら昼間は誰か他の女ともヤっているんだろうか?
…ああ、まったく。腕の紐をほどいてくださいとお願いしようとしていただけなのに、こんなときになんでぼくはこんな思考回路を採るのだろう。我ながら不可解でならない。
「うるせえ。早く出て行かねえと、もういっぺん殴るぞ」
もっぺん殴られちゃかなわない。ぼくは手首を結わかれたまま、パジャマを掴んでいそいそと部屋を出た。前に結わかれているからトイレはできるな、うん。もっとも、なぜ後ろ手に縛らなかったのかといえば、それじゃ背中への鞭打ちがうまくできないからだろう、きっと。
リビングでカッターを探した。口に咥えて縄を切るためだ。最近あまりにお口を使っているから、ほっぺたに新手の筋肉がついた気がする。
なかなかうまく切れなくて、かなり長いことかかって、ようやく切れた。手首は真っ赤で、ところどころ皮膚が擦り剥けていた。
その縄を手にして目にして、いきなりぼたぼたと涙が零れた。堪えていたものが、詰まりが取れたみたいに噴き出した。
あららら。
佳樹ったら、そんなに我慢してたの。
ぼくが、震えて泣き出す。
…いつまで?
――いつまで。
いつまで、これが続くの?
目の前にあるのは真っ黒な闇だ。
(この縄で首でも吊っちまおうか)
不意に新しい決意が起こる。まるでものすごい解決策を思いついたように、突如として視界が開けた。
それもいいよな。
楽になれる。
でも、明日、学校に行けば。
そう。あいつに会える。
声をかけてくれるかな。
いや。くれるだろう。少なくとも挨拶は必ずしてくれる。その点、うんざりするほど律儀なやつだ。そのあとでどんなにぼくがムスっとして無視しようが。
自分でも何様だと思う。
だから前職タカハシの言ったことは正しい。
他のクラスメートはとっくにそんなぼくの正体を見抜いて、こんなやつ存在しない方がいいみたいな、楽園にやってきたヘビを見るみたいな蔑みの目でぼくを忌避するけれど。
でも工藤だけは、ぼくを無視しないでいてくれる。
――それだけで。
たったそれだけで、ぼくはもう少し生きたいと願えるのだ。
もう少し、生きていられそうな気がするのだ。それで充分じゃないか。だろ? 女郎の佳樹よ。
だからそんなに思いつめるな。
思いつめたって、しょうがねえんだよ。
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