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四
五時間目の授業をすっぽかして今日もぼくは、タバコをふかしている。
そろそろ夏に向けて日差しも強くなってきて、ヒマラヤスギの木陰がありがたい。
――しかし…なんだな。
ぼくが前にいた学校は公立だったけれど、もうちょっと校内に教師の見回りとか、用務員がうろついていたりとか、していた気がする。なのにこの学校ときたら授業中のそういう監視がほとんどなくて、しかも敷地が広いだけでなく妙に死角がたくさんあったりするから、ここでおタバコ吸ってください、みたいにサーヴィスされているようで、ま、ぼくとしてはありがたい。
というわけでいまも、敷地の端っこにある四方が五、六メートルくらいの電気系統だか上水道ポリタンクだかの入っているへんてこな箱型建造物の壁に寄りかかって、というかしゃがみこんで、ぷかりぷかりとやっていた。あの自転車置き場の渡り廊下はやめた。もしかしたら前職タカハシのシマなのかもしれない。などと考えて、今日はテニスコートの裏手にしたのだった。
なんとも心洗われるような穏やかな風が吹いている。爽快爽快。
芝生もあることだし、もうこのままここで眠りこけちゃおうか、という気分になった。
ところがだ。
さっきまで小鳥さんの澄んだ鳴き声しかしなかった清らかな大気に、突然、妙に色っぽい音が混ざり始めた。
最初、なんだか分からなかった。
「ぁ――、ぁ――、」
次第にそれがはっきりしてくるのは、ご当人の声が大きくなっているのもあろうし、ぼくがしっかりとそちらに意識を集中し始めたせいもある。
「ぁん…、ぁん…、ぁん…、」
ぅワオ。
どなたか、ヤってらっしゃるのでしょうか?
――ですよね。
声は、建造物の左手の方からしてくる。
お邪魔しちゃ、ワリいな。
いや。ワリいけども?
一応、ぼくも盛りの十七歳なんで。
それにこんな機会、めったにございませんし。
てか。こんなとこでヤるなや。
と、タバコをしまい、そろそろと建造物の角まで這いつくばって、こっそりと覗き見ようとする。
…ちらり。
――あら?
誰もいない。
ということは建物の裏手か。
こそこそこそと、次の角まで這いずる。なんだかゴキブリみたいだな、我ながら。
喘ぎ声はもう、ごくごく近くで聞こえる。あーこりゃもうナカ入っちゃってんな、ってな感じの。つまり、始まっちゃってる御最中の。
「あああん…、あああん…、あああん…」
あああん。もう。そんなに気持ちよいのね。そんな声聞かされたらぼくまでピクリときそうだよ。
「ああ…、あ…、んん…、ぁん…」
まあ。
ちっとばかりは、ぼくも分からないでもないけど。
そう思い、ここではたと気付く。
そうだ。ここはきちんと覗き見るべきだろ、って。いや、開き直りとかじゃなくて。
だって、ぼくが普段やらされていることが他のかたがたのエッチと比べてどれほど異常なのか、それともそれくらいみんなやってるわヨお馬鹿さんね程度のものなのか、他人のリアルを見れば少しは判断できるじゃないか。
そんなふうに覗き見の正当な理由を与えられて、ぼくは正々堂々と彼らのおセックスを覗く決心をした。もちろん、気付かれないようにしなきゃお楽しみの最中に申し訳ないし、ぼくのお楽しみも…いや、「判断」も、きちんとできないであろう。
「あん、あん、あん、…」
こいつはいよいよピストンも速度をあげてきたなと思いながら、ぼくは這いつくばった姿勢のまま建物の端からそうっと向こうへ片目を覗かせた。
…ちらり。
――うん。やっぱりエッチしてる。壁に向かって、立ちながらバックでヤっとるで。
しかもすぐそこ。三メートル先。見つからないように気をつけなきゃ。
(……うん?)
ぼくは目を丸くした。
ヤラレとるほう、もしや男ではないか?
だってズボンらしきものが足首あたりでクシュクシュとなっておる。それにシャツの裾のあいまからそれらしきものも見える。エエ~。なんとご同類か。
で。
ヤっている方はというと――――と、そのとき。
(あ?)
と、声が出なくて本当に良かったぞ、お前。
この髪型。この体格。ときおり風が吹いて垣間見える、男前な横顔。
タカハシ。
そうだ。こいつは前職タカハシだ。
途端に、ドクンドクンと心臓が暴れ始める。
なんだってこうご縁があるというか、突飛な腐れ縁というか、まさかタカハシの旦那のおセックスを直に拝めるとは思ってもみなかった。しかも相手は一まわりも二まわりも小柄な美少年だ。タカハシの旦那はゲイでロリコンだったのか。
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