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「今日は友達を連れてきたんだ」  なんて言うから、シニカル佳樹君もここぞとばかりに精一杯のサービスをしてみる。 「こんにちは、宮代です」  …うん。反応なし。  かなり顔を覗き込んでしっかり目を見て言ったけど、ピクリとも動かないで?  タカハシはそれも当然のように、家にいるおばあさんの元気な様子とか、学校の予習がたいへんだとか(それほど授業出てんのかよと思ったけど黙っておいた)、一通りの近況を報告する。そこで分かったのは、タカハシの両親は仕事の都合でアメリカで暮らしているからいまはおばあさんと二人暮しだということと、大学は国立文系のいいところを狙っていて、それなりに勉強に励んでいる最中だということだった。  おじいさんはその間もずっと壁の一点を見ながらぼうっとしている。  ぼくはなんとなく、女の子たちの人形遊びを連想した。  ほら、あの、小公女が大事なフランス人形のエミリを相手に会話をするという、あれだ。つまりタカハシがひとりオジイサン人形に話しかけているような、そんな錯覚がしてきたのだ。…まったく。この期に及んでまだこんなふうにズレた見方をするなんて、やっぱりぼくはどこかねじの壊れた人間なのだろう。  それでも、タカハシがパウンドケーキを小さく千切っておじいさんの口元に持っていったときに、おじいさんが静かに口を開いたのには仰天した。例のごとく壁の一点を見つめながら、ただ口だけを動かしたのだ。なんで分かったんだろう。別に、そんなに強い香りがするわけでもないのに、食べ物が口に運ばれたという事実をどうやって認識しえたのだろうか。 「宮代もどうぞ」  差し出してくれたので、え、いいの、と心で小躍りしながら手に取った。  アンズか、マーマレードか。自然な甘さでしっとりとしている。売り物よりもおいしかった。ぼくは心底タカハシを尊敬しながら、これは夕食も期待できるぞと、ひとしきり幸せを噛みしめた。 「おまえの食う顔、一心で可愛いな」  突然の誉め言葉に必要以上に動揺して、目をパチパチさせた。可愛いを、そう安易に連発するんじゃない。困るだろうが。 「サンキューな、宮代」  帰りのバスを待ちながら、タカハシが言う。  四時過ぎになり、空にはまた灰色の雲がきれぎれに浮かび始めていた。  雲の流れで陰になったり日向になったりする中で、ぼくはなんのことかとタカハシの顔を見あげた。 「じいさんに、声掛けてくれてさ」 「ああ」  そのことか。 「どうせボケてて分からないんだしっていって、面会に来る人も少ないみたいなんだ。でも聞こえてはいるんだぜ、あれでも。きっと頭の片隅では、なんとなく分かったと思う。ああ、今日は宗太の他に、誰か新しい子が来てくれたんだな…って」  タカハシの声の響きは、やっぱり優しい。言葉の中身や心根の優しさと同じに。  ――静かで、温かで。一生この声をそばで聞いていられる人は、幸せだろう。  ぼくは、急に思い浮かんだ問いをぶつけてみた。 「いろんな新しい子を、ここに連れてくるの?」  でもどうにもこうにもぼくの質問は頓珍漢なのか、タカハシにはすぐに理解できなかったらしく不思議そうな顔をする。 「ここに連れてくるの、ぼくで何人目?」  さすがにくだらねえ質問だな、と自分でも思う。でも気になるんだもの、しょうがない。  それに、こんなしょうもない質問をしたときにタカハシがどんなリアクションをするのかも知りたい。ほら、ぼくって人格に問題ありな人だから。  ようやく質問の意図を解したように、タカハシがしげしげとぼくを見る。 「面白いこと訊くな、おまえ」 「だから、何人目よ、ぼくは」 「いいだろ、そんなこと。あー早くバス来ねえかな」  あっ。なんと逃げた。ずるい、タカハシ。 「教えてよ、意地悪」  ぼくは食いさがった。タカハシが片頬笑みでぼくに視線を置く。 「なんで、そんなことを知りたいんだ?」  なにかを含んだ響きで切り返され、ぼくは言葉に詰まった。  それは。  だって。  それは、自分がちょっとでもタカハシにとって特別でいられてるのか、知りたいから。もちろん、花魁様の存在を忘れているわけじゃない。もちろん、それは承知の助だけど。  でも、ぼくはここで新しいあなたを知りえたような気がして。  そんなあなたを過去、何人が知りえたのだろうかと。  それが気になってしょうがないから。  だからだよ。  それだけ。  それだけなんだよ。  

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