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…いるいる。
老人がたくさん。
うようよ。なんて言ったら失礼だろっ。
エレベータードアのまん前にテーブルを置いて、食事を食べさせてもらっている人。なんだかぼーっと遠くを見ている人――いや、ほとんどが、そんな感じ…。
「閉まるぞ」
あ、と我に返り、閉じかけたドアにガツンと肩を当てながら慌てて降りた。痛い。
「お世話になります」
タカハシの挨拶に、一人のおじいさんに食事をさせている職員が会釈を返す。大きなマスクをしているからどんな表情かは分からない。ぼくもなんとなく頭をさげて通った。
タカハシはナースステーションらしきところへ寄ってある人の名を呼んだ。
奥から一人、男性が現われる。にこやかな人で、肩くらいまで伸びた茶髪を後ろで一つに結っている。細身で一見、女の人かと見紛うような顔立ちだけど、黒のヘビメタ風Tシャツに黒の皮パンというヤンキーないでたちが目を引いた。背はぼくと同じくらい、たぶん年は二十代半ばってところ。
「今週も来てくれたのね、ありがとう、宗太君」
「そりゃ来るよ。中村さんとじいさんに会いに」
まったくうまいこと言うんだからあ、と、親しげに挨拶を交わす。
持ってきた紙袋の中身をタカハシがさぐり始めた。ぼくはバスに乗っていたときもこれが気になっていた。なにを大事そうに抱えているのかと。
「今朝、じいさんにパウンドケーキ焼いたんだけど。たくさんできたから中村さんたちにも。ていっても、そんなに数ないけど」
えええ? ケーキを焼いただと? 聞き間違えたか?
ラップに包んだパウンドケーキの束をタカハシがカウンターに乗せてゆく。ぼくはぎょっとしてそれを眺めた。今朝、作ったんかい、それ。女子か、あんた。
「うっわ、ありがと。すっごい、おいしそ」
ん?と、ぼくは首を傾げた。この人なんとなく、イントネーションがオネエっぽいか?
「じいさん向けだから、ナッツとかドライフルーツは使ってない。ジャムだけ。ほんとは他の入所者さんにもあげたいところなんだけど…ダメなんだよね?」
ナカムラさんが残念そうに苦笑する。
「そうなの。ごめんね。せっかくだけど手作りの食べ物はね、ご家族からだけに限られてて。別に、宗太君が作ったものならぜんぜん心配ないんだけど、一応、規則だから」
「うん。だから中村さんと職員の人で食べて。口に合うといいけど」
もー嬉しいなぁ、なんてナカムラさんが破顔する。その笑顔のまま、人懐こそうな視線がぼくへと注がれた。会釈されたから、ぼくもなんとなしにし返す。
「今日は彼女さんを連れてきたの、宗太君?」
タカハシを見上げる。
「エっ? あ? いや。こいつは――」
宗太君がぼくを振り返りながら、らしからぬ様子でうろたえている。
「美人な子じゃんかぁ。やるぅ」
ナカムラさんがニタニタしながらたたみかける。
「こいつは、友達すよ! 友達!」
もう。そう全力で否定するなよ、傷つくだろうが。
そりゃ、そうなんだけど。今日だって「友人として招待」されたんだし。でもその前に、まず女ってところを否定しろよ。
「それに、男だから」
エエー?と目を剥いたナカムラさんがぼくをしげしげと観察する。
「そうなの。あーごめんねぇ。僕、いつもこんなふうにそそっかしくて。あんまりきみが女の子みたいな顔だから、女の子なのかと…」
なんとなく、一つしゃべると一つボロが出るタイプの人であるらしい。
それにあんただってちょっと見女性ホルモン過多な感じがするけど?と、毒の一つも吐いてやりたくなったけれど、そこはそこ、タカハシの顔を立てて黙ってしおらしく微笑んでみせた。
それにしてもタカハシがなぜぼくをここに連れてきたのか、皆目見当がつかない。
ここはぼくの日常とあまりにかけ離れすぎていて、ぼくはかなり戸惑っていた。例えば廊下の匂いだってさ。他の場所ではこんな匂いしない。よくいわれる加齢臭みたいのとも違って、なんとなくトイレくさいからやっぱり便の匂いなのだろう。あえていえばセックスのあとでぼくに差し出される悟さんのナニの匂いに少しだけ近いかもしれない。などと言ったらますます失礼だよな、うん。ただ、こういう場を職場にしているあの人たちは、やっぱり偉いな、尊敬に値するよなと、峻厳な気持ちになったのは確かだ。
「じいさん、来たよ」
入ったのは四人部屋だった。
ベッドが四つ並んでいるからそう思ったのだけれど、使われているのは二つで、もう一人は外出中らしい。
この部屋に到着するまでに、この施設にいるかたがたがどういう症状なのかおおまか分かったので驚かなかったけれど、案の上タカハシのおじいさんもそうとう認知症が進んでいるようで、ベッドの上でじっと座ったまま、声をかけられてもウンともスンとも言わない。これでタカハシ手製のパウンドケーキは食べてくれるのだろうか。勝手に心配になる。
ぼくはそんな好奇心もあって結局、部屋の中までお邪魔し、タカハシと並んで丸椅子に座らせてもらった。
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