29 / 55
第28話 革命組
空飛ぶ船は、太陽の塔よりも更に王都から離れた山間に着陸した。そこは山の斜面が削り取られていて、ちょうど空飛ぶ船が納まる場所だった。この船のために人工的に作られた場所なのか。
空飛ぶ船はゆっくりと高度を下げ、静かに地上に降りていった。着陸するや否や、スティールたちの仲間が次々に飛び降りたかと思うと、斜面の色と似たような大きな布を何枚も取り出して、船を見えないように覆い隠した。
それらの作業を傍らで見上げていると、スティールが隣に立った。
「これは『飛空艇』という乗り物だ。箱舟以前の世界では、こんな大きなものが空を飛び回っていたそうだ。太陽の塔にもあっただろう? 人を上に運ぶ硝子の箱」
光る硝子の箱に意識を向けると、サブライムの姿も一緒に思い出される。なんだか胸がぎゅっと苦しくなった。スティールに気づかれまいと、深呼吸をする。
「猫の町では、一つもみたことがないよ」
スティールは笑った。すると彼の隣に、おれの身長と大して変わらない縞栗鼠 の獣人がやってきた。
彼は丸い眼鏡をかけ、橙色の薄汚れた上下が繋がっている服を着ていた。丸い耳が頭の上に乗っかっていて、腰からはもふっと太いしっぽが長く伸びていた。年の頃はピスくらいだろうか。鼻の下には、白髪交じりのひげをふさふさと蓄えていた。
「神の粛清で、古の知識のほとんどは失われたのだ」
縞栗鼠の獣人は、おでこに大きな眼鏡を押し上げて言った。
「飛空艇を開発し、操縦をしてくれる博士だ。革命組の頭脳だ」
「縞栗鼠博士と呼ばれておる。よろしくな。黒猫の子よ」
彼はにかっと笑みを見せた。スティールがこっそりとおれに耳打ちする。
「太陽の塔をぶっ壊す作戦を考えたのもこの人だ」
塔の壁を外から壊して、突入してくるなんて、かなり乱暴がやり方だ。一本の細長い塔は均衡を崩せば、壊れるに決まっている。自分たちだって危ないかも知れないというのに。こんな可愛らしい見た目なのに、中身はそうではなさそうだ。
「その失われた古の知識を、博士はどこで手に入れたんですか?」
「それはな——」
「それは?」
おれは博士の前に耳を寄せる。しかし——。
「秘密だよ」
彼は再び、にかっと笑った。スティールは肩を竦める。
「おれたちにも教えてくれないんだよ」
「秘密は秘密のままがよいものだ」
彼は豪快に笑い声をあげると、作業をしている組員たちへ指示を出すために歩き出した。お尻で揺れているしっぽが気になって仕方がなかった。
「あの人。ああ見えても王都の国立上級学校の魔法技術学部を主席で卒業したそうだ。けれど、獣人ってだけで、王宮に入れてもらえなかったらしい。あの人が王宮に入っていたら、この国はもっと栄えただろうね」
革命組というのは、荒くれ者の集まり、という印象を受けていたが、どうやらそういうことではないらしい。
組をまとめ上げるスティールだって、大臣の息子だ。もしかしたら、他にもすごい人たちが混じっているのかもしれない。
「作業が終わったよ! みんな潜るよ!」
博士の合図に組員たちは斜面にある穴に入り込んでいく。スティールに倣って足を踏み入れると、そこは大柄な老虎でも悠々と歩けるくらいの道があった。
ぐるぐると曲がりくねっている道は地下へと続く。灯火だけを頼りにしばらく降りていくと、そこには木製の車輪のついた乗り物があった。大人が四人程度乗れるものが幾つも連なっている。
「アジトの中枢までは少し距離があるからな。これに乗っていく。トロッコという乗り物だ」
持ち手を上下させて前に進む仕組みらしい。
「これも古の技術?」
おれの問いにスティールは笑った。
「違う、違う。ここは昔、魔法石の採掘場だったんだ。その時の装置さ。鉱夫たちを奥まで運んでくれる」
この隧道 は一体どこまで続いているのだろうか? と思うくらいに長く感じられる時間だった。乗り物に据えつけられている灯かりだけが頼りだ。
おれの隣にはエピタフを抱えた老虎が座っていた。そっと見上げると、彼はじろりとおれを見返した。文句でも言われるのかと、首を引っ込めて見せると、彼は「おれは老虎だ」と言った。
「あ、あの。おれは凛空。猫族の——」
「知っている」
ぶっきらぼうな物言いに、気持ちが挫けてしまいそうになるが、勇気を振り絞って、「あの」と声を上げる。
「エピタフを助けてくれてありがとう」
「別に。いけ好かねえ奴だけどよ。放っておけねぇだろう」
彼は「ふん」と鼻を鳴らす。飛空艇で——。老虎はエピタフの応急処置をしてくれた。エピタフは一時、息が止まってしまって、危ない状況だったが、老虎が胸を押したり、息を吹き込んだりして、なんとか彼を助けてくれたのだ。
どうしても見た目が凶悪なので、近づきにくいが、本当は優しい人なのではないかと思った。
「老虎は、エピタフのことを前から知っていたの?」
「知っているもなにも。おれたちの仲間を捕まえているのはこいつだ。王都の治安を守るとか抜かしやがってよ。どんどん仲間を連れて行っちまう。くそ。目が覚めたらとっちめてやる。そして居場所を吐かせて、仲間を取り返す。そのためには、生きていてもらわないと困るからな」
「そんな……」
おれは不安になってスティールを見た。彼は「ふふ」と笑みを堪えている。
「なんで笑うの? スティール」
「いやいや。口ではそんなことを言っているけれど、実際、そんなことできないから」
「うるせえ。こんな奴。耳と尾の毛皮を剥いで、おれの襟巻にしてやるんだ」
「ほらほら。また」
老虎は「ふん」と鼻を鳴らして視線を逸らした。すると、進行方向が明るく見えた。スティールが「アジトの中枢部だ」と説明してくれた。
トロッコという乗り物は、明るくて開けた場所に出ると、きいきいと金属音を上げて、静かに停止した。スティールに促されてそこに降り立つと、たくさんの人たちがおれたちを待ち受けていた。
スティールが言っていたように、元は採掘場だったということが理解できた。ここで、鉱夫たちが魔法石を採掘していたのだろう。大きくくり抜かれた洞窟みたいな場所は、柱が埋まっており、天井が崩れないように補強されている。
壁面には、錆びた扉がいくつも見えた。広間の両脇には、鉄製の錆びた階段が据えつけられていて、二階にも上がれる造りだった。あちらこちらに明りが灯され、地下だというのに、昼間みたいに明るかった。
「スティールが帰ってきたぞ」
「お帰り」
「どうだった? こいつが例の歌姫か?」
スティールたちを待ち受けていた仲間たちは、かなりの数だ。一緒に塔を脱出してきた組員と併せると、百人以上はいるのではないかと思われた。組員は色々な人で構成されていた。スティールのような人間たちもいるし、老虎や博士みたいに獣人たちもいた。
馬車で眺めた王都では見かけないような人たちだった。どの人も顔が浅黒く、少し破れて薄汚れたような服を着ていた。
しかし——。王都を行き来している人たちとは違って、どこか楽しそうに見えた。そう。目つきが違うのだ。どこかいきいきとしていて活気がある。
彼らは彼ららしく、人生を生きている。なんだかそんな気がした。
「そうだ。この子が歌姫の生まれ変わり。猫族の凛空だ」
組員を見渡して、ぼんやりとしていると、急にスティールに背中を押された。おれはあっという間に、みんなに囲まれる。
「猫族かあ。そういや見たことねぇな」
「へえ。この黒猫がねえ」
「どれ、一曲歌ってみろよ」
「歌姫なんだろう?」
無精ひげを生やした狼おじさんに突かれて、どうしたらいいのかわからなくなる。
「おいおい。お前たちとは育ちが違うんだぞ。もっと礼儀正しくしろよ」
スティールの声に、「へいへい」とみんなは笑い声をあげた。おれはなんだか気恥ずかしくなってうつむいた。
「それより、先生はいるか?」
「作戦室にいるよ。あんたたちの帰りを心配して待っていたみたいだ」
「そうか。——老虎、エピタフを」
スティールは、エピタフを肩に抱えた老虎を連れて、通路に歩いて行った。
「ちょ、ちょっと待って。おれも行く!」
おれは、たくさんの人たちをかき分けて、必死にくっついていく。エピタフに変なことをされないか心配になったのと同時に、ここにいたら困ったことになりそうな気がしたからだ。
スティールたちは、再び坑道のような通路を歩いて行く。どこをどう通ったのかわからない。通路は入り組んでいて、一人では迷子になりそうだった。スティールは奥まった場所にある扉を開けた。
中には王宮の執務室みたいに、王国の地図が壁に貼られていて、その前には、大きな机が置かれている。その周囲には、無造作に椅子がいくつも置かれていた。
「おお、スティール、無事だったか」
中にいた大柄で、ふくよかな男は立ち上がった。その反動で椅子が大きくしなり、音を立てて倒れた。
「またか。まったく。ここの椅子は軟で困るな」
彼は床に転がった椅子を拾い上げようと屈むが、膨らんでいるお腹が邪魔をして、どうやら手が届かないらしい。かなり苦労している様子が見受けられる。スティールはそっと椅子を元に戻した。
「いやあ、悪いね。スティール」
「先生。また太ったんじゃないのか? 床の物に手が届かなくなってきているのは危険信号だと思うけど」
黒くて丸い耳があり、目の周りも黒い人だった。お腹が、白衣の間からはち切れそうに見えた。これは……大熊猫 だ!
ともだちにシェアしよう!