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第30話 おれにできること
「それは?」
「古文書さ。古物商が所持していたのを、スティールが盗んできたんだ」
博士の説明にスティールは咳払いをする。
「盗んでいない。ちゃんとお代は支払ってきたじゃないか」
「あれは払った内にはいらんだろう? 夜に店に忍び込んで。向こうの提示してきた金額の半分しか置いてこなかったじゃないか」
博士はそう言い切ってから、おれの目の前にその古文書を差し出した。
「この古文書は書き換えられていないの?」
おれの問いに、博士は「多分ね」と肩を竦めた。
「本には、書き手の意思が反映される。どこまでが本当で、どこまでが嘘か。それは誰にもわからないことだ。だけどね。カースの息のかかった者が改ざんした古文書と、流れ流れて、誰の目に触れずにきたこの古文書。お前さんは、どちらを信じる?」
王宮の古文書は、明らかに信用がならない。とすれば、藁にもすがる思いで、この古文書を信じるしかないのだろう。
「本来なら、複数の古文書を突き合わせて、その整合性を検証したいところなんだけど。今から、他の古文書を探す時間もなければ、王宮の奴らが、自分たちの古文書を我々に差し出すわけもない。今すぐにできること、と言ったら、ここにある古文書を丁寧に読み解いて、他の事象との整合性を見ていくことくらいしかできないんだよ」
博士がこの古文書をおれに差し出すということは、その作業を「手伝え」と言っているのだろう。
「おれも手伝えってこと?」
「そうだ。ここには、お前さんのこれからに関わる大事なヒントが潜んでいるかも知れない。今できることは、王宮に戻って王の安否を気遣い、ただ泣き暮らすことじゃない。お前さんにできることが、ここにはある——というわけさ」
博士の言っていることは最もだった。おれはサブライムのつがいにはなれない。けれど、一つだけ役に立てることがある。それは——歌姫として覚醒すること。
おれには、おれのやるべきことがある。なんのために、サブライムやエピタフがからだを張って、おれを守ってくれたのか。そこでおれはエピタフのことが気にかかった。
「そうだ。エピタフは? エピタフの体調はどうなっているの?」
それに答えたのは先生だった。
「峠は越えた。しかし、おれの治癒法は、魔法と少し違っていてね。回復には時間がかかるのだよ」
「魔法じゃないの?」
「おれは魔法使いじゃない。おれの故郷では気功という特殊な治癒法を用いている。これは強制的に外部から力を加えるのではなく、本人が持つ、内なる力を引き出したり、助けたりするものだ。やるべきことはやった。後はあの兎の『生きたい』という思いしだいだな」
先生は短い腕を組んだまま頷いた。
「だから悪いが、しばらくは使い物にならんだろうな。戦力としては期待しないでくれ」
「使い物になったら、大変なことになるぞ。あいつが動き出したら、このアジトは壊滅だ」
スティールは笑った。
「ということで。凛空が、ここにいるってことになると、おれたちが歌姫の覚醒の手助けを行うことになる。みんなどうだ?」
そこにいた面々は、互いに視線を交わしていた。あの太陽の塔でカースの力を目の当たりにしたのだ。困惑するのは当然のことだ。そんな不穏な空気が漂う中、突然、老虎が手を上げた。
「いいぜ。やってやろうじゃないか。革命組の本領発揮だろう? 王宮は当てにならねえ」
彼は両手を打ち鳴らしてから、みんなを見渡した。
「この革命組こそが、平和の象徴じゃねぇか? ここには人間も獣人も、みんなが言いたいこと言い合って、互いを尊重して暮らしているんだ。国中がこんな世の中になりゃいいんだろう? そうなるんだったら、おれは命を差し出してもいい——」
おれも同感だった。ここに初めてやってきた時。すごく驚いた。王都や王宮とも違う。猫族の町とも違う。ここには、色々な種族の人たちが混在していて、そして生き生きと暮らしているのだ。そう。同族しかいない町で暮らしていたおれにとったら、とっても魅力的な場所であった。
「いいね。そういうの、すっごくいいね!」
おれが頷いて見せると、「け、ガキのクセによ」と老虎は視線を逸らした。しかし頬が少し赤かくなっていた。
「凛空。おれたちはおれたちなりの信念を持って、ここに集まっている。どうだ。信用してくれるだろうか」
この世界には、おれの知らないことがまだまだある。おれはとっても狭い世界だけで生きてきたのだ。そして、それはきっと——じいさんの優しさだったのかも知れない。
「わかった。——よろしくお願いします」
頭を下げてから、視線を上げると、そこにいたみんなが、どことなしか気恥ずかしそうな顔をしていた。
「よし。じゃあ、古文書の解析を急ごう。それからお前さんを救う手立てを考えようじゃないか」
「おれを……救う?」
スティールは「そうだ」と言った。
「聞いているんだろう? 歌姫が覚醒したら、お前の魂が眠らされてしまうかも知れないということ——」
おれは小さく頷いた。スティールは、その大きな手で、おれの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「辛かっただろう。それなのに、お前は太陽の塔へ行く決断をしたんだ。——サブライムのためか」
「うん——」
「あいつ……っ」
スティールは舌打ちをした。
「あいつは人たらしだ。みんな、あいつのためになにかしたいって思ってしまう。まったく。無意識だから質が悪いよな」
「そんなこと言わないで。確かにサブライムのためってことが一番大きかったよ。けれど、ここに来て、よくわかった。おれが歌姫になる意味を。だから今は違う。サブライムだけのためじゃない。おれは、みんなのために歌姫になる」
「だから解析するんだよ! 私たちには古の知識がある。この古文書を読み解いて、お前さんを救う方法を考える。歌姫の代わりはできないが、それくらいのことは全力でサポートするさ」
博士は咳払いをしたかと思うと、「私の仮説を披露しようか」と言った。
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