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第33話 敵同士は仲良くなれるのか

 足音を忍ばせて歩くのは、猫族の得意技だ。彼はかなり安心しきっているのだろう。それもそのはずだ。自分たちのアジトの中で、誰かにつけられているなんて、さすがの老虎でも思いもよらないだろう。  老虎は苔色の錆びついた扉の前に立つと、周囲の様子を伺った後、中に入っていった。  しばしの間の後、少し開いていた扉の間から、エピタフのよく通る声が聞こえてきた。 「あなたの世話にはなりたくありません」 (エピタフだ! 元気になったんだ)  本当は、老虎が出て行ってから顔を出すつもりだったが、つい嬉しい気持ちが先立って、中を覗いてしまった。 「エピタフ! 気がついたんだね」  寝台の上でからだを起こしているエピタフと、椅子に腰を下ろしていた老虎。二人がおれを見ていた。 「凛空。無事でしたね」  エピタフはおれを見るや否や、目を細めた。  彼は生成色の寝巻を着込み、両手には生成色の布を細く割いたものが巻きつけられていた。 「エピタフも。よかった」 「お、お前。いいところにきたじゃねえか」  老虎は困ったような顔をしておれを見ていた。状況が呑み込めずに、二人を交互に見つめると、エピタフが不満げな声を上げた。 「この虎が、私の両手が使えないから、食事を食べさせてやるというのです。信じられません。そんな施しを受けるくらいなら、餓死したほうがマシです」 「おれの好意をなんだと思っているんだ? せっかく持ってきてやったのによぉ」  老虎はそばにあるテーブルを叩いた。大きな音に驚いて、おれのしっぽは、ひゅっと丸まった。しかしエピタフは動じることなく老虎を睨み返している。 「なんです。その親切の押し売りは。有難迷惑。余計なお世話です。下がってください。貴方の顔を見ながら食事をしていたら気分が悪くなります」 「この野郎! 毛皮剥ぐぞ!」  老虎はエピタフの胸元の寝衣を掴み上げると、今にも殴り掛かりそうになる。おれは慌てて二人の間に入り、老虎の手を離した。 「ちょっと待ってよ。落ち着いて!」  エピタフは呆れたようにため息を吐く。老虎も両腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らした。まるで子どもの喧嘩みたいだった。 「エピタフはずっと意識がなかったから、わからないかも知れないけれど。助け出してくれたのは老虎なんだよ。エピタフは闇の魔力に犯されていたし、出血も多くて、飛空艇では死にかけたんだ。けれど、老虎がね。応急処置をしてくれて」  老虎は「味方を得たり」とばかりに「そうだ、そうだ」と大きく頷いた。 「止血してやったんだからな。舐めて」 「な、舐めてですって!?」  エピタフは蒼白な顔色を余計に青くしたかと思うと、自分のからだを眺めまわした。 「なに恥ずかしがってんだよ」 「恥ずかしい? そういう問題ではありません!」  せっかく落ち着いたというのに。エピタフは悔しそうに老虎を睨みつけるばかりだ。  この二人はまるで水と油みたいに、反発し合っている。おれはエピタフも老虎も好きだ。せっかくなら仲良くして欲しい。スティールもそうだ。革命組と王宮が手を組んだら、すごく力になると思うのだ。 「私が、いつ助けを請うたのですか。助けたのは貴方の勝手。私など死んでも構わないのです。サブライムと凛空が無事なら——私の代わりはいくらでもいるのですから」  エピタフの瞳は悲しみに支配されている。なぜ彼がそんなにも自分自身を否定するのか。おれにはわからない。けれど、エピタフのことを大事に思ってくれている人はたくさんいる。それは事実だ。だから、そんなことを言って欲しくはなかった。 「エピタフ、あのね……」 「代わりってなんだよ!」  おれの言葉を遮って声を上げたのは、今まで黙っていた老虎だった。

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