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第2話、ドラゴン属という大型わんこに懐かれた時
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教室内にある自分の席に座っていると突然背後から抱きつかれた。
移動してきたランベルトが隣に座って、持ち上げられるなり右側の太ももの上に乗せかえられる。
「ねえレオン。次の合同選択科目何にするか決めた? また一緒のやつ選ぼう?」
合同選択科目とは、クラスが違っていても授業や研究内容さえ合わせれば一緒に受ける事が出来る授業の事で、ランベルトは毎回合わせたがる。
——たまには自分が好きなのを選んだらいいのに。
授業でもそれ以外でもランベルトは常に側に居たがった。体は大きいのに寂しがり屋で甘えたなドラゴンは今日も健在だ。
少し体を倒されて横向きにされる。いわゆるお姫様抱っこだ。
人前でこれはさすがに恥ずかしい。
無い腹筋を駆使してランベルトの逞しい胸板を押し返そうとしたが涼しい顔で微笑まれた。
「おい、降ろせ。何で態々上に乗せた?」
「レオンちょうど良い大きさと重さだから俺の腕の中にスッポリはまるしさ。こうしてると落ち着くんだよね……俺が」
——お前かよ。
周囲からの目が痛い。純粋に応援してくれる輩も居れば僻む輩もいる。
それらを何も気にしないという風に装ってはいるが、レオンはそこまで強靭な精神力を持ち合わせているわけではない。悪意を向けられればそれなりに凹む。
「お願い…………降ろしてくれランベルト」
「えーやだよ。レオンと引っ付いていたいもん」
「初めて会った時、俺言わなかったか? 分かっててこういう事をするのは迷惑だって」
「あれシビれたよね。レオンに会えて良かったって思ったから。好き、レオン」
はぁ、とため息をついた。
——ダメだ。言葉が通じない。
微妙に噛み合わない会話にイラっとしながら、ランベルトの上から無理やり逃れる。
不服そうにされたが無視した。
「魔法薬を調合する授業は?」
「いいね。それにする〜。ふふ、レオンと一緒にやるの楽しみにしてるね」
——いや、そうでなくてもいつも一緒にいるだろう……。
それも濃密な時間を共有している。
ランベルトと交わした契約にはセックスも含まれているから当然と言えば当然の事だけれど、一カ月前から一晩で交わる回数がえげつない。
休みの前日は十回を超すし、平日でも最低三回は求められるようになった。
小首を傾げてお願いと言われると、断りきれなくてレオンはいつも折れてしまう。
体は大きいくせに、ランベルトはまるで小動物だ。
——錯覚って怖い。忠犬を装った駄犬なのに……。いや、ドラゴンだけれど。
ランベルトが上機嫌で教室を出て行く後ろ姿を尻目に見やる。クラス自体が違うのは幸いかもしれない。
「何の取り柄もない癖にどうやって取り入ったんだか……」
ボソッと呟かれた言葉には明らかに侮蔑と妬み、嘲笑が混じっていた。
——俺が知りたいくらいだ。
どうしてランベルトにこんなに懐かれてしまったのかが分からない。
初対面から嫌な態度しか取らなかったというのに。
「あのさー、文句なら俺に言えば? レオン巻き込まないでよ。俺が好きでレオンと一緒にいるんだからレオン関係ないでしょ」
精霊族というのは耳が良いらしい。その距離で聞こえたのか、と嘆息する。
「ぼ、ぼくは別に……」
しどろもどろで答えた男をランベルトが横目に睨んだ。
「そ? なら良いけど。もしレオンに何かしたら俺も何するか分からないから覚えてて」
精霊族の中でもドラゴン特有の瞳が開かれ瞳孔が縦に広がる。圧倒的王者の威嚇の証。ランベルトの体の周りで、青緑色を発光させた雷光が音を立てて弾ける。
一瞬で教室内の空気が重っ苦しくなり、剣呑な雰囲気になるのを肌で感じた。
「やめろ、ランベルト。ほら、授業遅れるぞ」
「分かった〜。またねレオン」
今度こそランベルトが視界から消えた。
仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれない。
ランベルトと契約を結んだ当初は嫉妬した連中に拉致られた事があるからだ。
用具入れとして使われている倉庫の中で、動けなくなるまで暴行をくわえられた後で放置され、あまつさえ外鍵までかけられて真っ暗闇になった倉庫に閉じ込められた。
まさかそこまでされるとは思ってなかったから途方に暮れたのを今でも鮮明に覚えている。
どうやって見つけたのかランベルトが助けに来てくれたものの、その後、怒り狂ったランベルトが暴れ回り、校舎が半壊するという事件があった。大惨事もいいとこだ。
全ての授業が終わり、皆んなが帰った研究室の奥の部屋に籠ってレオンは一人でレポートを書いていた。
ランベルトも手伝うと言っていたが、そこまで面倒を見て貰うつもりはなかったので、やんわりと断りのメッセージを入れる。
誰もいない閑散とした空気が心地良い。
三時間くらい集中して書いて、疲れた目を労るように少しだけ寝るつもりで机に突っ伏す。
——あ……ランベルトにだけは連絡入れとかないと……また心配をかけてしまう。
そう思いながらも、うつらうつらと夢と現実の狭間を行ったり来たりしていて、そのまま意識が落ちていく。
『僕を可愛いと言ってくれたんだから僕が恋人でしょ!』
『はあ? 何言ってるの! 私の方よ!』
諍いが起きるようになったのは、ちょうど魔法大学院に入学したての頃だった。
ランベルトの甘い言葉に誘われ、好意を寄せられていると勘違いした周りが、ランベルト争奪戦を引き起こすのはもはや日常茶飯事で、何度かとばっちりを受けた事がある。
ランベルトは精霊族の王族なのもあり、何をしても誰も何も言わない。
その上成績も優秀で魔法力も桁外れとくれば、教師すら黙認する始末だった。
当の本人は素知らぬ顔で分厚い本を開いて読んでいる。どうでもいい、そう顔に書いているようだった。
そんな大学院生活にいい加減腹が立ってきて、その場に居たランベルトを思いっきり引っ叩いた。
『ランベルト、お前マジでいい加減にしろよ。自分が原因だと分かってて止めないのは愉快犯と同じだ。何でお前他人事みたいにしてんだよ! それに誰にでも言うその軽薄な言動も心底軽蔑するわ。お前の遊びに他人を巻き込むな! 正直迷惑なんだよ!』
それまで一度も話した事はなかったランベルトに、嫌悪感丸出しで口を挟んだのが始まりだ。
唖然とした表情をしていたランベルトの表情が、数秒後に嬉々としたものへと変わる。
『ねえ、レオン。付き合ってる子いる?』
『はあ? 話飛びすぎだろ。俺に居るわけがない。馬鹿にしてんのか! てか、反省してんのか? してないのかどっちだ?』
『してるしてる〜』
頭の沸いた軽薄な奴。ランベルトに初めて抱いた感情はそれだけだった。
そこからだ。猛アタックに等しいほどに構われるようになったのは。
『レオン一緒に座ろう?』
『レオン一緒にご飯食べよう?』
『レオン寮まで送ってってあげる』
『レオン遊びに行こう?』
『レオン選択科目合わせて取ろう?』
『レオン実技授業一緒に組もう?』
一ヶ月を過ぎても飽きる事なく抱きつかれて纏わりつかれ、気がつけば二人セットでいるのが当たり前の生活になっていた。
当時は迷惑過ぎて毎日胃が痛かったくらいだ。
『で、何が目的だ?』
『あっ! やっと聞いてくれる気になったんだ〜嬉しい』
『うるさい。早く言え』
このままだと胃に穴が開くか、円形脱毛症にでもなるんじゃないかと思っていた。
『ね、レオン。俺と擬似的に付き合う契約しない?』
『は?』
『その一、セックスはしてもお互いを好きになってはいけない。その二、擬似的とはいえ浮気はしない。その三、この関係は魔法大学院を卒業するまで続く、てのどう? ……て、待って。何でそんな汚物を見るような目で見るの? セックスくらい皆そこらでやってるじゃん。擬似的恋愛ダメなの?』
必死になって理由を説明してくるランベルトを、じっとりと非難めいた目で見つめる。
汚物を見るような目……言い得て妙だと思った。
『正気か?』
『もちろん。何か変?』
頭痛と眩暈で倒れそうになったのを必死に堪えた。
ランベルトは何も変わっていないし、何も分かっていない。
まさか明るく無邪気に息をする様にセフレになろう宣言をされるとは思ってもみなかった。
今まで纏わりついていた理由がまさかのセフレだとは……本当に頭が痛い。脳みそ死んでるんじゃないか? 頭は良いのに発想が残念だ。
——セックスくらい皆そこらでやってる? 童貞で悪いかよ。キスすらした事ねえよ。
バシンと大きな大きな音が響く。
初めて他人を二度も平手打ちした。
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