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第13話、新しい暮らし

 ***    海岸近くにある2LDKの小さな一軒家は、八割が白いコンクリート壁で覆われ、下の部分の二割が薄い青緑色と水色のレンガで作られていた。  街や密集した集落からは離れているので、広めの庭が十分に確保出来る。  家の裏手からは、ランベルトと同じパライバトルマリン色の海が一望出来た。  懐かしい気分にさせられる海を眺め、レオンが空で指を動かすと洗濯物が勝手に干されていく。  肩につくほどの紫色の髪の毛が潮風で靡いた。  全ての作業を終わらせて、レオンは家の中を覗く。  玄関先からすぐ見えるリビングには小さなテーブルの上で絵を描いて遊んでいる我が子……エスポワールの姿があった。  通帳に書かれてあった名を見たサーシャが「良い名前じゃないか」と口走ったのがきっかけで、ランベルトが考えたエスポワールという名をそのままつけた。 「エス、一緒に買い物行くか?」 「いくー!」  描いていた絵をそのままにして、靴を履こうとしたエスポワールの頭に手を乗せる。  まだ身長が一メートルに満たない大きさだが、人間とは成長速度が違うのでこれから大きくなるかもしれない。 「こら、ちゃんと片付けてからだ」 「はーい」  小さな手で少しずつ片付け始めた後ろ姿を微笑ましく見つめる。  ランベルトと離れ、すぐに出産からの魔法大学院卒業、遠くの土地に引越しと怒涛のような日々をおくってもう三年が経つ。  エスポワールのホワイトグレーベージュとパライバトルマリンに分かれた髪の毛を見ていると、どうしようもなくランベルトを思い出す。  ——ああ、そうだ。  レオンは自分と同じ様にエスポワールにも個体識別誤認識魔法をかける。  この三年間毎日使用している魔法なので、この魔法だけは特級魔法師クラス並みの出来栄えだった。その他に関しては学生の頃と大差ない。  エスポワールの毛髪と瞳の色が、今のレオンと同じ紫色になり長さが増していく。  これで精霊族の血を引いている事はバレない。  成長する度に顔つきから話し方までランベルトそっくりになっていくエスポワールを見つめ、複雑な想いを抱いた。  心の中はまだランベルトと仲違いした日のまま進んでいない。  いい加減ケリをつけようとは思うものの、恋人はおろか友人さえも作る気が起きなかった。 『本当は契約する前からずっと好きだった。恋愛対象としてレオンを愛してる』  最後の最後で一番欲しかった言葉をくれるなんて、優しくて酷い男だと思った。  あれから気持ちの行き場を無くされたどころか、その言葉に囚われてしまって動けもしない。  ——俺も愛してるよ、ランベルト。  まるで呪詛のようだ。  ランベルトは精霊族の王になったのだから、公表されていないだけで既に正妻を迎えて側室だっているかもしれない。  なんせ三年以上は経っている。  それなのにレオンだけが、あの日に取り残されていた。 「出かけるんかい?」  キッチンから赤毛の頭を覗かせたサーシャが、にこやかに声を掛けてくるのを見て頷く。  自分と正反対と言うべき色合いは、似ても似つかない。  自分は写真の中にいる父にそっくりだ。 「うん。エスと買い物に行ってくる」 「最近、妙な大男たちが街を出歩いてるみたいだから気をつけるんだよ?」 「分かった。じゃあ万が一の為に箒も持っていこうかな」  箒はそのまま持って行くとあまりにも目立ちすぎるので、魔法で縮小させて胸ポケットに押し込んだ。  相手の素性も何も話さず卒業式の数日前にエスポワールを産んだ時に、怒りもせずに味方になってくれたサーシャは今も一番の理解者だった。  もしかしたら精霊族特有の毛色をしているエスポワールを見て、その父親が誰なのか察した可能性も捨てきれないが、何も聞かずにそっと支えてくれている。  レオンとしてはそれがとてもありがたかった。 「じゃあ行ってくるね母さん」 「ばあば、いてくるー!」  エスと二人で手を振って、徒歩二十分の距離にある街に出掛けた。  三歳のエスにはまだこの距離はツラい。  途中でおぶってやって景色を楽しみながらのんびりと歩いた。  街について色々な店を回っていると、エスポワールが足を止めて何かを食い入るように見つめているのが分かって上から覗き込む。 「何見てるんだ?」 「レオン〜。これね、エスのとこにもいるの」  エスポワールが見ていたのはホワイトグレーベージュの体にパライバトルマリン色の大きな翼、背鰭や長い髭のあるドラゴンだった。  精霊族の新王と商品名に書かれている。  ——え、これがいる?  どういう事なのか意味が分からなくて、誰にも話を聞かれないように店と店の間にある細い裏路地に入る。  同じ高さになるくらいに腰を落として、お尻だけ浮かせたままで両膝を折り畳んで座る。 「エス、さっきのどういう事? 居るって家の中って意味?」  フルフルと首を振っている。 「んーとね、ねんねしてるとき、いくー」 「行く? ああ、夢の中にって事?」 「そう。そう。パパかっこいいの。よくいっしょにおそらとんでくれるの」 「え、パパ……⁉︎」  思わず目を剥いた。 「うん。パパっていってた。レオン〜エスのパパいつかえってくるの?」  ——どういう事だ?  意味が分からなかった。 「ええっ⁉︎ あー……えっと、その。今はまだ遠くに仕事に……行ってるから……当分先、かな?」  返答に詰まって曖昧な言い方になってしまう。  シュン、として項垂れたエスポワールの頭を撫でた。  ——あのドラゴンはランベルトなのか? 夢で交流してる? いや、そんな馬鹿な。  ランベルトの本来の姿はレオンも見たことがなかった。  それにランベルトには子が産まれたとも伝えていないし、友人としても連絡だってしていない。  魔法大学院を去る時も、出産を知っている教師たちと内密にするという内容で書面契約を結んでいるから外部に漏れる事はない。  書面で交わす約束は、破ると罰が与えられるからだ。  ランベルトが精霊族の王になってこの三年で内乱は全て落ち着いた。  今ならエスポワールの存在を明かしても良い頃合いかもしれないが、レオンは伝えるつもりは無かった。  あの時貰ったお金は〝手切れ金〟と思って受け取っている。 「エス、その人は他に何か言ってた?」 「んとね〜むかえにいくって、レオンのことも」 「俺?」 「いまでも? あいしてるって。あいしてるってな〜に? あう〜、どしたのレオンどっかいたい? いたいいたいのとんでけする?」  オロオロとし始めたエスポワールを見て、初めて己が泣いているのだと自覚した。 『レオン大好き』  脳裏に昔のランベルトの顔が浮かんで消える。 「……っ!」  エスポワールの小さな肩に額を預けて嗚咽を殺す。  一瞬で気持ちを戻された。  今でも好きなのだと自覚させられてしまった。  いっそのこと忘れてしまいたかったのに。  想いが繋がった所で、ランベルトと一緒になれるわけがない。住む世界が違い過ぎる。 「ごめ、大丈夫だよエス。びっくりさせてごめんな。ちょっと目が痛かっただけだから。もう治った。それにしてもいつからそんなやり取りしてたんだ?」 「んー? わかんない〜」  どんな術なのかは分からないが、精霊族特有の繋がりが存在しているのかも知れない。  エスポワールと交流しているのなら、すぐそこまで来ているのだろうか。  涙を拭いた後で、レオンはエスポワールの小さな体を抱きしめた。 「レオン〜、あのね、エスね、さっきのパパほしいの。パパかっこいいの。おねがいレオン〜」  どうしようか悩んだ末に、レオンは「いいよ」と返事をする。  子ども用の玩具のスノードームは、三歳のエスポワールが持つにはまだ少し大きい。  ——綺麗だな。  ホワイトグレーベージュと、パライバトルマリンの混ざり具合が絶妙で、目を惹かれる。  スノードームの入った紙袋をレオンが持って、もう片方の手をエスポワールと繋いで別の店に入った。

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