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第17話、精霊族の国
襲撃犯たちを空に浮かせ、かなりの距離を大人数で移動している為か、ランベルトの額に汗が滲んでいる。
さっきから一人で数種類の魔法を同時に発動させているのだ。無理もなかった。
一種類だけでも肩代わりしたいがレオンには荷が重い。到底無理な話だった。
「ランベルト、大丈夫か?」
「そんな不安そうな顔しないでレオン。平気だよ。何とかする」
上体を屈めて、頭に口付けられる。
「奴らを浮かせるのは私が代わるよ。あとゲート内の足場補強も任せてくれ」
「頼もしい限りだ」
サーシャが呪文を唱えると、ワープゲート内に流れている他の空間へ繋がっている道への圧が見る間に安定していった。
それにより、足元の道も太さを増し他の空間へ間違えて飛ばされる危険性も少なくなった。
緻密な魔法力操作を感心したように見つめ、レオンはエスポワールをしっかりと抱え直す。
周りが発光したかと思えば視界が開け、次の瞬間には目の前に草原が広がっていた。
「ここはいつ来ても変わらないね」
サーシャが懐かしそうに笑みを浮かべる。
遠くにある筈なのに此処から見ても背の高い木々が生い茂っていて、遥か上空にあるのに、底の見えない大きな滝が特有の音を立てていた。
身の回りにある草木も、太古に生えていた形状の植物ばかりで、不謹慎にも心が躍ってしまった。
「凄い……教科書の中の世界に入ったみたいだ」
「レオン、気に入った?」
「うん。幻想的で凄く綺麗だ」
「気に入って貰えて良かった。可愛いレオン。大好き」
また昔みたいな甘えたな口調に戻ったランベルトに抱え上げられて口付けられる。
「おい! 親と子どもの前ではやめろ!」
「やだ。ずっとこうしてたい」
こうなったらランベルトは人の話を聞かなくなる。
しかし、引くわけにはいかなかった。
「頼む……ランベルト。とりあえず降ろしてくれ」
「やだ。だってレオンってば、どれだけ俺が好きって言っても信じてくれないし、薔薇も無視するし、すぐ自分で勝手に決めてどっか行っちゃうからやだ。離さないし、もう此処からも一生帰さない」
——この、駄犬がっ!
大きな尻尾を振り撒くっているような幻覚が見える。
さっきまでの王らしい毅然とした態度や喋り方は本当に猫の被り物だったようだ。
学生時代に戻ったようで懐かしくて嬉しいのもあるけれど、恥ずかしかった。
「レオンいいな〜エスもだっこ〜」
「じゃあ、エス! 俺と代わろう!」
良い案だ、と思い無理矢理降りてエスポワールを抱き上げると、ランベルトにそのまま抱き上げられた。
——これじゃ意味がないだろ……。
ガックリと項垂れる。
「レオンが絡むと、ドラゴン属史上最強と謳われている精霊王が、ポンコツになるってのは良く伝わったわ。さて、私はあの人達とお話してくるわね」
毒舌を吐きながらウキウキと出かけたサーシャが、解けないスライムの拘束つきの男たちに近付いていく。
とても楽しそうだった。
「貴方達にいくつか聞きたい事があるんだけど?」
「我々は何も知らな……「せーっの!」……ぐおっ⁉︎」
容赦ないサーシャの蹴りが男の鳩尾に入る。
体躯の良い男の体が、五十メートル程浮き上がって地面に落ちた。
——大丈夫なのかあれ? 死んでない?
男の体がてっぺんまでいって、落ちて地面に叩きつけられるまでの流れを全て見てしまった。
「……」
「……」
レオンたちと男たちの間に、恐怖という名の沈黙が流れる。
「サーシャは勇ましいね。怒らせないようにしよう」
頷きながらランベルトが真剣な表情で言葉を発した。
「俺も今知ったよ……正直超ビビった」
「エスも〜」
同じく怒らせないようにしようと、レオンとエスポワールも誓う。
「先に話してくれた人とお話しようかしらね。その他は……そうねえ〜そこにある龍王滝から紐なしバンジーとかどうだい? 流石に無罪には出来ないけれど、こちらに有益な情報なら、そこにいらっしゃる王様が罰も軽くしてくれるかもしれないよ。さあ、誰から逝くかい?」
行くの漢字が間違えていると本能で悟ったのか、男たちの体がそれぞれビクッと大きく揺れ動いた。
「あそこから落ちて生きていられた人いないけど大丈夫かなー?」
ランベルトがのんびりとした口調で付け足して説明する。
龍王滝とは先程見えた滝の事で、高さ千メートルはある。魔法を使わずに落ちれば即死決定。生還出来た者はいないどころか死体が上がるかどうかも不明だ。
「ふん、わ……我々が死を恐れるとでも思っているのか!」
「まあ確かに一度なら腹も括れるし、そうかも知れないね。でも……一体〝何度〟まで耐えられる?」
両手を翳したサーシャの腕が翼に変化していき、真っ赤な炎を纏い高温度の熱を放つ。
全身も変わり、朱色の長い尻尾と翼が広がった。
頭の先から足先、また翼を広げた大きさは三メートル近いだろう。
「なっ⁉︎ 不死鳥だと⁉︎ そんな馬鹿な!」
男の内一人が叫ぶように言葉を口にした。
「わあ、ばあばきれいなとりさん〜」
エスポワール一人だけが、キャッキャとはしゃいでいる。
「わー、流石にこれは想定外だったよ。レオンとこの家系て実は面子がエグかったんだね。でもこれで問題なくレオンを妃に迎えられるし俺は嬉しい。不死鳥て初めて見たけど、綺麗だね」
ランベルトが興味津々と言わんばかりに目を細める。
一羽の大きな火の鳥に姿を変えたサーシャを見て、男たち全員が見てわかるほどに青ざめていた。
レオンは開いた口が塞がらない。
魔法師だったってだけでも驚いたのに、本人も精霊族でしかも不死鳥だったなんて想像だにしていなかった。
——そういえば俺の事を生粋の精霊族って言ってたな。
納得だ。精霊族の国が本来の故郷なら住んでいて当たり前である。
さっきは名も覚えていないドラゴンだった父とサーシャの二人で住んでいたのだと勘違いしていた。
精霊族の国の写真を見て、何処か懐かしく感じてしまっていたのは、自分自身も此処に住んでいたからだったのだと初めて知る。
「この通り、私は不死鳥。何度でも甦らせて何度でも滝へ飛び込んで貰うよ。もう一度聞くよ。アンタ達は何回逝くかい?」
「いや! 話す! 話す! 話します‼︎」
「物分かりが良くて助かったよ」
サーシャが人型に戻って行く。
問われるままに、口々に話し始めた男たちを唖然と眺める。
ニッコリと微笑んだままのサーシャは、悪魔よりも悪魔らしかった。
「それにしても新しい拷問方法だね。サーシャ、うちで働いてくれないかな?」
サーシャを眺めていたランベルトが顎に手をやり、真剣に考えている。
「俺の庶民としての平凡だった過去がどんどん崩れて行くんだけど……」
いや、日常の方が夢物語と化してしまった。
ランベルトの胸元で現実逃避しているレオンに、口付けの嵐が降り注いでいる。
「レオン〜なんか三割り増しくらいに可愛くなった? 可愛い。ねえ、可愛い。食べちゃいたい」
「お前は三割り増し以上にバカになったな……」
「ばあばかっこいい!」
エスポワールの瞳が爛々に輝いていた。
「「うちの子可愛い〜」」
レオンとランベルトは、エスポワールの頭を撫でた。
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