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第22話、空(くう)を歩く

「レオン!」 「う、ううう!」  何かが体の中で暴れ周っていて全身を駆け巡る。その度に耐えきれない程の痛みと熱が走って喘いだ。  何度も何度も息を整えていると、駆け寄ってきたエスポワールが足に抱きついてきた。 「う〜、レオン〜」  青と青緑の二層になった羽がバサリと広がる。それを見ていた全員が目を見開いた。  エスポワールが自力で封印を解いたからだ。 「エス、お前……」  そこには小柄ながらも、頭の部分から胸元までがホワイトグレーベージュで、その下はティールブルーとパライバトルマリンの二層で色付いたドラゴンがいた。  ——ああ、だから生まれた時青い羽だったのか。  一人納得する。 「カッコいいなエス。綺麗な色だ」  グルルとエスポワールの喉が鳴るたびに体の痛みが引いて行く。 「もしかして治癒魔法を使えるのか、将来有望だな。エスならランベルトより強くなれるぞ」  頭を撫で上げていると、体がすっかり元通りになっているのに気が付いた。 「もう大丈夫だエス。ありがとな」  どんどん子どもの姿に戻って行くのを確認して腰を屈めると、小さな体を抱きしめる。  どうやら力尽きたらしい。  手足を投げ出してレオンの腕の中に納まった。  エスポワールを探しにきた乳母たちに預け、また広間に戻る。 「変わった気がしないんだけど、何処か違うとこある?」  両手を見つめ、体を捻って己の背後も見てみる。 「俺から見れば段違いに化けたよ?」  ランベルトが嬉々とした声音で返した。 「そうなのか? 手始めに何をしたらいい? ドラゴンになる特訓?」 「それは今の力に慣れて、加減が出来るようになってからだよ。初めにやるのは箒なしでの浮遊ね。足元に気を集中させてみて?」  言われた通りにしてみる。一切何も起こらなかった。  もう一度やってみると、ほんの数センチのみ浮く事が出来たがすぐに地に落ちる。 「何それ。レオン可愛い……っ、良く出来たね」  ランベルトの巨体に抱きつかれて、そのまま持ち上げられてしまった。 「王……一つ聞きたい。もしかして大学院でもそうやってベッタベタにレオンを甘やかしていたのかい?」  額に手を当てたサーシャにランベルトが言った。 「甘やかしてないよ。これ通常運転」  サーシャが果てしなく深いため息を吐き出して、足早に近付くなりレオンを引き剥がす。 「レオン、今から腹部分にだけ防御壁を張りな。強度底上げして張らなきゃ、内臓潰れて死ぬよ」 「はい?」 「あー、良い返事だ。行くよ! せーっの!」  軽く放られた直後、内臓がぶっ飛んでなくなったかと思う程の衝撃が来て、次の瞬間には空を舞っていた。 「レオーン! 今度は全身を大きな球体で包み込むようなイメージで自分の周りに防御壁を張りな! 失敗したら死ぬよ!」 「うああああーー、無理ーーーっっ!」  下からかけられた声に、大声で叫んだ。 「アンタ大学院で一体何を学んだんだ! 四の五の言ってないで知識駆使して真剣にやれ! 失敗して死んでも構わないよ! 私がいる限り何度でも生き返れるからね。自分が痛くても良いならそうしな」  最高高度に達した体が重力に引かれて下に落ち始めた。  痛いのも死ぬのも嫌だ。もう何が何でもやるしかなかった。  大学院と言われて思い出す。  ランベルトはよく空中にも立っていて、箒にも立ったまま乗っていた。それをずっと凄いなと思っていた。  体を回転させて、二人に言われた通りに足元に意識を集中させる。  己の周りに防御壁を張るという感覚は良く分からないから、球体の中に入るイメージを浮かべる。  イメージ力が魔法師としての可能性を広げると授業でも散々教えられた。  気が付いたら、地面の一メートル上で立ったまま浮いていて、体の周りに青い膜が張っているのが分かった。 「ほら、出来るじゃないの。今のアンタに足りないのは自信だよ。魔法力にもまだまだ余裕があるね」 「レオン凄いね。レオンに何かあったら俺また暴れる所だった。王宮壊れちゃうよね」  ——成功して良かった。マジで王宮壊れる……。  息苦しい程に抱きしめられる。 「大学院にいた時のお前を思い出したんだ……。いつも空中とか箒の上になんて事ないように立って乗ってただろ? 俺本当はアレ羨ましかったんだ。ランベルトって凄いなって、ずっと思ってた。で、母さんに球体をイメージって言われて、そういえば魔法師ってイメージが大切だって授業で言われたのを思い出して、丸の中に沈みこむのをイメージしてランベルトみたいに立ってみたんだ。そしたら下に着いてた」  ランベルトが少し呆けた顔でこちらを見ていた。 「何それ初めて聞いた……嬉しい」 「何だ、甘やかしてただけじゃなかったんだね。余りにも不甲斐なさすぎるから、あの子ら連れて荷物まとめて人族の国に帰ろうかと思ってたよ」 「え?」  サーシャの言葉を聞いて、ランベルトの動きが止まった。 「ほら、マスターするまではやるよ。出来たら今度こそ王に教えて貰いな。ドラゴン化は私には教えられないからね」  サーシャの声にゾッとする。 「え……これまたやるの? さすがに内臓もってかれ……、ごふっ!」  最後まで喋りきる時にはまた空にいた。  ちゃんと防御魔法かけたのに、痛いのはおかしい。いや、脚力がおかしい。  先程よりも遥かに高い上空を舞いながら、ふと視線を上げた。  ——あ、ここから見る景色最高に良いな。  もっと見たくて、体を起こして地平線を眺める。  遠くに見えるのは海だろうか。  そこにはどんな生物がいるのだろうと思うとワクワクしてくる。 「レオン?」  困惑したランベルトの声が聞こえた気がして下を見る。  この距離なのに聞こえるのが不思議だ。  精霊族の力を解放された事により、元々あった聴力も戻っているのだろう。  ——視界が落ちずに止まってる?  自分が浮いたまま落下もせずに状態を維持出来ている事にやっと気が付いた。 「俺……浮いてる?」  ゆっくり下向していき、地に足をつける。 「マスターしたね。おめでとうレオン。これで分かったでしょ、王。甘やかすだけが優しさじゃない」 「分かった。でもレオンは甘やかしたい。やっぱ王様も向いてないかな〜」  ため息をついたサーシャがまた口を開く。 「私は貴方は王には向いてると思うよ。王だから下が着いてくるんじゃない。下が着いて行きたいと思える人だったから貴方が今の王なんだ。じゃなきゃとっくに反乱が起きてるさ。今の王宮はとても良い雰囲気だ。貴方が良い王である証だよ。今度はレオンの方から貴方に着いて行きたいと思えるくらいに、もっと良い男になるんだね。じゃなきゃレオンは別の男とお見合いさせるよ。私からすれば今の貴方はレオンの婿としては四十点だ。とりあえず接触は九割カットだね」  百点満点しか取った事のないランベルトに厳しすぎる点数をつけたサーシャが去っていった。 「レオン……俺頑張るから見捨てないで……」  体を浮かせて、すっかりしょげてしまっているランベルトの頭を撫でて、額に口付ける。 「ランベルトは充分良い男だよ」 「良い婿になるよ俺。その座だけは絶対誰にも譲らない……」  ——いや、お前王様だろ。何でうちに婿入りしようとしてるんだよ……。  それからランベルトが人前でベタベタする頻度が九割減った。

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