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第63話 行ってらっしゃい。行ってきます。

 なんて一日だったんだろう。  ベッドに入って、寝る直前にふと、今日一日を振り返ってそう思った。  朝、起きた時に今日は一日デートだって、ワクワクしたっけ。もうすごく遠い気がするけれど、それは今朝のことだったから。なんだか不思議だ。たった一日で、たったの一日とは思えないほど、ワクワクしてドキドキして、ふわふわしたから。  とても忙しい一日だった。  とても鼓動の忙しない一日だった。  とても一日とは思えない中身がぎっしりの、一日だった。 「明日、早番でしょ? 佑久さん」 「あ、うん。あの、和磨くんは朝、寝てていいよ? 疲れたでしょ?」 「それ、佑久さんだから」 「!」 「ここ、辛くない?」 「へ、へへへ、へ、いき!」 「っぷは。慌て過ぎ」  撫でられて、ベッドの中、こっちを向いて横になる和磨くんのすぐ隣で、ぎゅっと全身に力を入れた。 「俺も一緒に部屋出るよ」 「でも」  朝、早いよ?  せっかく大学休みなのに、普通に朝から講義に出る時と同じくらいの時間に起きることになっちゃうんじゃないかな。それでなくても、今、大学でも人気が出てしまって、気持ち的にも休まる時間、あまりないと思う。課題だってたくさんあるようだったし。だから長い休みくらい。 「明日は早番」 「う、ん」  そうだよ。 「明後日は」 「遅番」  だから、残念なことに明後日はきっと、和磨くんに――。 「ね、俺、今ゴールデンウイークだから、さ」 「うん」  だから、今日一日一緒にいられた。  寝るから、もう部屋の明かりは最小限だ。もしも、ふと夜中に起きたとして、スマホのありかくらいは判別できそうな程度に、少しだけ明かりが灯っている。その中、君が身じろいで、僕の上に君一人分の重さが重なる。 「ワガママ言ってもいい?」 「?」 「ゴールデンウィークだからワガママ、夜更かししても怒られない的な」 「ぁ……うん」  あったよね。次の日がお休みだと夜更かしできる、みたいなの。だからお休みの前は特別好きなんだ。夜更かしするの楽しみだった。本をいつまででも読んでいられるから。 「明日、うちに泊まるの、ダメ?」 「……」 「そしたら、うちの方が図書館近いじゃん。遅番だしそのまま図書館に行けば良くない?」 「……ぁ」  彼が身じろいで、そして身体が重なって、額が触れた。 「あ!」 「は、はいっ」  そんな近くで大きな声を出すから、僕は何かあったのかと大きな声で返事をした。 「つか、佑久さんは、なんか用事あったりする? 友だちに会うとか」  びっくりした。 「ないよ」 「職場は? ほら、俺らが出会った時、あれ、遅い時間だったじゃん、電車。何かの帰り」  あの時のこと、僕、よく覚えてるよ。 「ないよ」  あの時は送別会だったから。定年を迎えた館長の。  本当に特に予定はないんだ。毎年のことだよ。ゴールデンウイークは特に変わったことも、特別な出来事もない。おとなしい人が多い職場だからか、飲み会とは年二回だけ。夏と年末。他にはイベントとかも特になし。だから、ゴールデンウイークももちろん職場の人との飲み会の類もない。強いて言うなら、少し普段よりも多めに本が読めることくらい。少し夜更かしをして、続きが気になっても時間だからと閉じなければいけない本を読めることくらい。 「じゃあさ」  うん。 「マジでもっと長く一緒にいたい」 「……」 「あの」  さっきの話の、だ。 「僕も、毎日、会いたいくらいだから」 「……」  ご飯を食べ終わって、一緒に食器を洗ってる時、そんな話をしていた。  毎日ご飯食べたいって。僕が作ったご飯。大したものじゃないよ。手の込んだものじゃないし、ただ野菜とお肉を炒めただけだよ。でも、そう言ってくれてとても嬉しいんだ 「あ、あの、それこそ、無理せず、でっ。和磨くんが人気なの、わかってるからっ、だから、その……でも一緒にいたい、なぁ……ぁ」  もう寝る直前。  部屋の明かりは消してしまった。もしも、ふと夜中に起きたとして、スマホのありかくらいは判別できそうな程度に、ちょっとだけ明かりが灯っている。  その中、僕に君一人分の重さが重なる。 「無理せずで、いるから。一緒に。マジで」  その中、とても嬉しそうに笑った和磨くんの顔が見えた。 「おはようございまぁす」 「あ、おはよう、ございます。近藤さん」 「……」 「近藤さん?」  何か、変だったかな。僕。  図書館のスタッフ控え室に入ってきた近藤さんが僕を見つめて、少し驚いた顔をしてから、じっと、じーっと僕を見つめてる。  何か変だった?  挨拶の仕方?  髪型? いや、髪型は別に普通だと、思う。  でも、僕自身、変だなと自覚している部分があるからか、無言で驚かれたことに、内心慌ててしまう。 「あ、あの」  ――いってらっしゃい。佑久さん。  ――は、はい。  ――じゃあ、俺は一旦部屋戻って掃除して迎えに来るからさ。 「何か……近藤さん」  ――また後でね。佑久さん。  そう言って、玄関先でキスをしたから、落ち着かない。 「なんか」 「は、はいっ」 「椎奈くん、良い事あった?」 「ぇ?」 「いや、勘だけど」  和磨くんにまた夜会えるって思うとにやけてしまうから。  行ってきますのキスを思い出すと、口元がだらしなくなってしまうから。  今朝の僕は少し、変、なことは変、なんです。 「なんか、すごく嬉しそうだから」 「!」 「昨日、お休みのシフトだったでしょ? なんか楽しいことあったのかなぁって」  あった。ありました。 「思っただけ」  とても、とっても楽しい一日を過ごして、今日もこの後、お泊まりができるのが嬉しくて、楽しくて。 「あ……」 「?」 「あ、っりまし……た」  小さく頷いた。  そしたら、近藤さんがよかったねって笑っていた。

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