167 / 167

ヤキモチも美味しい秋編 13 美味しいヤキモチ二つ

「え? 普通に佑久、モテるでしょ。だって、俺のこと落としちゃったんだから」 「ひぇ」  市木崎くんのとっても爽やかな笑顔と一緒に、なんだかとてもすごいことを言われて、驚きすぎて、変な声が出た。  落としちゃったんだからって、そんな、まるで、ハンカチでも落としちゃったみたいに。 「ね? 和磨」 「ね、じゃねぇ」 「ね」  ちっとも会話になってなさそうな、けれどちゃんと会話になってる不思議なやりとりを聞きながら、僕は少し狼狽えていた。  今日は三人でご飯を食べようと、市木崎くんが誘ってくれたんだ。  お店の中は、瞬きしてしまうほどキラキラと照明が綺麗で、グリーンがあちこちに飾られていて、とても素敵だった。それに、秋限定で頼んだきのこご飯も美味しくて、さっきから箸が止まらないほど。 「それにしても、佑久って、魔性だよね? 次は今、大注目のアイドルを落とすとは」 「ち、ちがっ」 「高校の同級生だっけ?」 「そう、だから、全然」  アイドルなのは今の話で、僕が小山内くんと出会ったのは、そのずっと前のことで。 「もったいないなぁ」 「えぇっ」 「あ?」 「でも、俺のことを振ったのが一番もったいない」 「えぇぇっ」 「はぁっ?」  とってももったいないもったいない、と呟きながら、大きく首を横に振って、市木崎くんが溜め息を一つ落っことした。 「だって、俺にしておけば、同窓会くらいでソワソワして楽しく過ごしてるところに迎えに行ったりなんて、心の狭いことしないのに」  僕の正面に和磨くん。  その和磨くんの隣に市木崎くんが座ってる。市木崎んのにっこり笑顔の隣で、ぐぅ、って音がしそうなほど、口をぎゅっと結んでる。 「大変だったよ?」 「?」 「突然、夕飯食いに行こうって言うから何かと思ったら、佑久が同窓会行ってるっていうからさ」  へー、そうなんだ、自炊めんどいのかなぁって思ったんだって。その割にずっとソワソワしてて、スマホはテーブルの上にずっと置いてるし、何話しててもずっとそのスマホをチラチラ見てるばっかで。どうしたのかと聞いたら。 「なんか、佑久に気がある奴がいてって、ゴニョゴニョゴニョ」  そうなんだ。 「笑っちゃったよ。今まで、付き合ってきた子が男友達と飲んでたって、全然気にしてなかったのに」  そう、なんだ。 「むしろ、そこで自分のことを気にされるのがイヤらしくてさ。信頼してるんだから、気にしないでいいとか言って」  そうっ、なんだ。 「浮気するなんて思ってないし、とかかっこいいこと言ってたのにねー」  そう、だったんだ。 「おいっ、市木崎っ」 「あはは」  言葉を遮ろうとする和磨くんに、市木崎くんが高らかに笑って。 「こっそり動画撮っておけばよかったなぁ」 「もう、お前、しゃべんなっ」  うん。 「でも」  それはちょっと。 「僕も、そんな和磨くん、見てみたかった」  僕は君のことが大好きだから。  どんな和磨くんも見てみたいんだ。歌ってる時も、二人でいる時も、誰かと楽しそうにしている時も、ヤキモチしてくれるところも、どんな和磨くんも見ておきたいんだ。  僕は――。 「和磨くん、今日は僕、早番になっちゃった。夜のうちに連絡来てた」  昨日は市木崎くんとご飯を食べてから、夜、寝るの遅くなっちゃった。  その、まぁ、遅番だと思っていたから、夜更かししちゃって。二人で、その、夜に……あ、キスマーク、見えないか確認しなくちゃ。 「あー、そうなんだ。オッケー」 「今日、動画の撮影するんだよね?」 「そ」 「じゃあ、帰り僕のほうが早いよね? 夕飯作っておくよ。洗濯物外に出してて平気かな」  大丈夫でした。キスマーク、ちゃんと襟で見えないところでした。  そして、キスマークというものが僕に付いてることに少し照れてます。えへへ。 「お天気見とく」  そう言って和磨くんがスマホを手に取った瞬間。 「げ」  そう呟いた。  どうしたのだろうと、覗き込んだら。  画面いっぱいに、小山内くんが映ってた。今、人気急上昇中のファイブスターが語る誕生秘話って記事になってた。今度、小山内くんが映画に出るんだって、その宣伝も兼ねた記事だった。  本当に、アイドルなんだ。そして、本当に大人気なんだ。すごいなぁ。基本芸能関係って見ないから知らなったよ。  なんだか不思議だ。同級生が大人になって、画面の向こう側にいるのって。 「……これ」 『僕がアイドルになったきっかけって単純なんですよ。高校の時に好きだった子がいて、その子に告白できるようになりたくて、で、そのためにはまずはカッコよくないとかなぁって。その子、本が好きで、よく小説の話をしてくれるんだけど、ヒーローってかっこいいって言ってて。まぁ、そんなヒーローになったら告白できるかなって』  これって、もしかして。 『でも、もう振られちゃいました。けど、もっとカッコよくなって、いつか見て欲しいなって思います』  これって。 『あ、もちろん、見て欲しいのは、映画のことです』  僕のことを指してる、のかな。 「やっぱ! 俺、迎えに行くからっ」 「ええ? でも、今日撮影でしょ?」 「撮影、速攻で終わらす!」 「平気だよ。僕」 「そういう問題じゃないからっ」  でもね。心配無用なんだ。 「それよりもっ」 「?」  僕こそ、心配なんだ。 「これ! この、オオカミさんの動画に!」  慣れた手つきで、画面をスクロールしていく。コメントとかチェックしちゃうし、反応とか確認しちゃう。いつもね、君のことを好きな誰かに共感したり、たまには大きく頷いちゃったりしてるんだ。  ――やっぱ、昔からだけど上手いよね。あの頃を思い出すよ。 「これ! この前、偶然スーパーで再会した彼女さん、だと思う! です!」  ちょっと変な話し方になっちゃったくらい。 「なのでっ」  スマホをまるで印籠のようにかざす僕に、君がパチパチと瞬きをするくらい。 「なのでっっ」  僕だって前のめりで牽制してみるんだ。 「もしも、この方から何か、そのっ、えっと、つまりっ」  君のこと誰にも渡しませんって、我儘をしたりするんだ。 「…………っぷ、あは」 「!」 「オッケー」  そして、君が大きな口をニコッとさせながら、僕のことをぎゅっと、ぎゅーっと抱き締めた。 「ありがと」 「? あのっ、?、?、?」  ねぇ、僕は一つもお礼を言ってもらえるようなことはしてないです。なのに、お礼を言われて、不思議に首を傾げたいけれど、それもできないくらいにぎゅっと抱き締められてる。 「佑久のヤキモチ最高って思ったから」 「えぇ? それなら、僕のほうこそ」  君にヤキモチしてもらえると、嬉しいんだ。  だって僕は君のことが世界で一番大好きだから。  だって君にも僕はきっと世界で一番好かれているから。  だからヤキモチも嬉しくて、我儘も嬉しくて。 「和磨くんに」 「うん」  僕らは何を嬉しそうに朝から部屋の真ん中でぎゅっと、ぎゅーっと抱き締め合っているのだろうと。 「うん」  笑っていた。お互いの顔をくっつけて笑って、楽しそうにヤキモチ同士をくっつけていた。

ともだちにシェアしよう!