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第58話

「ちょっといい?」 母親の声。 「あぁ、おれ、絢人にがっちり掴まれて動けねぇけど」 おれが応えると、母親が部屋に入ってくる。 「昨日、仕事の後どうしてたの?絢人君にちゃんと連絡しなきゃダメじゃない。あたしのところに連絡来てたわよ」 「ごめん」 「……ね、兼輔。あたし、犬養の家から逃げたから偉そうな事言えないんだけどさ、アンタはこれでいいの?絢人君、アンタにとっては母親違いの弟なのよ?それなのに……」 なんとか首だけ動かして母親の方を見ると、そこには今までに見た事のない……悲しい瞳をした母親がいた。 「お母ちゃん、おれの事、気持ち悪いって思うかもしんねぇけど、おれは自分の運命を嫌だって思ってないし、おれには絢人しかいないって思ってる」 こんな事、母親に言うとかどうかしてると思ったが、それしか母親に返す言葉が浮かばなかった。 「……そう。それなら兼輔、絢人君の所に行きなさい。絢人君が大切なら、傍にいられるなら、傍にいるべきよ。店を手伝って欲しい時は呼ぶから……」 どんなカタチであれ、アンタが幸せになれるならそれでいいの、と言った母親の目尻に涙が滲んでるのをおれは見つけたが、知らないふりをした。 『傍にいられるなら傍にいるべき』 母親が部屋から出ていった後、おれは母親に言われた言葉を思い出していた。 父親は常に傍にいる訳じゃなかったが、ふたりはいつも幸せそうに見えていた。 その裏側で、母親は父親とずっと一緒にいたいと思っていたのかもしれない。 母親からの言葉を聞いて、おれはそう考えた。

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