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第97話

臣一は戸籍上は当主の養子として登録されたものの、絢人が交渉してくれた事もあっておれたちの手から離れる事はなかった。 「あぁ、こら、臣一、そんなに走ってはいけませんよ」 「このくらいのガキに向かって言っても聞く訳ねぇだろ」 「兄上様、撮影は一旦お休みして臣一を止めて下さい!」 「こんなに嬉しそうに走り回ってるのに止めたら絶対泣くぞ?」 臣一が乳離れしたところでおれも仕事に復帰し、その間臣一は本家が雇ってくれたベビーシッターが見てくれた。 誰に似たのか活発で、四つん這いで動けるようになるとかなりの速さであちこち移動するようになり、今もきゃあきゃあ言いながらショッピングモールにある赤子向けの広いスペースを楽しそうに動き回っていた。 「お」 母親にも見せようと思ってスマホを向けていると、臣一がおれの方を見てニッコリと笑い、おれに向かって物凄い速さで突っ込んでくる。 「うわっ!?」 「きゃあ!!!」 おれがスマホを落として受け止めると、臣一は両手を振って喜んでいる様に見えた。 「あぁ……なんて素敵な光景でしょう……」 そこに絢人が駆け寄って、今度は絢人がスマホでおれと臣一の姿を連写した。 「お前、そんな事大声で言うな、顔見知りがいたら……」 その時、機嫌の良かった筈の臣一が急に泣き出し、それとほぼ同時にひとりの女性がおれに声を掛けてきた。 「すみません、こちらを落としたのを見たので……」 真っ青な……間もなく死ぬ人間の顔。 臣一はこれが見えているのかもしれない、とおれは思ったし、目が合った絢人もそう思った様だ。 「……あぁ、ありがとうございます、助かりました」 泣き喚く臣一を抱えながらスマホを受け取る。 「妻にひとりの時間をあげたいと思って弟にも付き合ってもらってここに来たんですが、やはりおれでは駄目みたいですね」 と、おれは言った。 「兄上様、ここに長居をしては皆さんのご迷惑になりますので移動しましょう、ありがとうございました」 「い、いえ、そんな……」 絢人の笑顔に魅了されているらしい女性。 「ママー、トイレ行きたい」 そこに、同じ様に真っ青な顔をした小さな男の子がやって来た。 「はいはい、ちょっと待って」 女性は男の子を追いかけてトイレのある方に歩いていく。 「……絢人、臣一もトイレかもしれねぇから付き合ってくれ」 「……勿論です、兄上様」 この日、おれたちは家族3人では初めての仕事をした。

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