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第96話
それから少しして、おれは絢人との子を産んだ。
完全に狼の姿になりかけた辺りでおれの記憶はなくなり、気がついたら本家に子供と共に匿われていた。
当主の話によると、エゾオオカミの姿で出産する者はあの場所……儀式を行う黒い鳥居のある場所で出産するらしく、そこには1ヶ月誰ひとり入ってはいけないという事だった。
子供は男児で、なんとなく絢人に似ている気がした。
「兄上様!!」
本家の人間が連絡してくれて、絢人がおれを迎えに来てくれた。
絢人はおれが抱いている息子を見るなり、きらきらの瞳から大粒の涙を零しながら喜んでくれた。
「……俺と兄上様の子、兄上様の次に愛おしいです……」
息子を抱かせると、絢人はこう言って眠っている息子に頬を寄せる。
「臣一(じんいち)、俺たちのところに来てくれてありがとう、父はとても嬉しいですよ」
絢人が息子の名を口にする。
おれの記憶がなくなる前にふたりで決めた名前で、父親の名前から一文字もらい、人の為に誰よりも尽くせる人になって欲しいという願いが込められていた。
「…………」
愛おしげに臣一を抱いている絢人の後ろに、ぼんやりと人のカタチが見えてきた。
それはやがて、父親の姿になった。
お前が人に戻って本家に行くまでの間、ずっと見ていたよ。
触れる事は出来なかったが、こんなチャンスを与えられるなんて知らなかったから、スゲー嬉しかった。
一族の家紋の入った紺色の着物を着た父親は笑顔でこう言った。
親父、絢人にだけ言っておれには言ってない事多すぎるだろ。
と、おれは心の中で言葉を返す。
悪ぃ悪ぃ、お前ならすんなり受けとめてくれると思ったから言わなくてもいいかと思ってな。
悪びれずに言う父親。
おれだって心の準備とか必要なんだけど。
ははは、そうだよな。俺に免じて許してくれよ。
「……どうしようもねぇな、おやじは」
カタチが少しずつ見えなくなっていく。
おれは俯いて、絢人に聞こえないくらいの声で呟いた。
絢人とふたりで頑張れよ、兼輔。
笑顔の父親が消えてなくなる寸前、おれは慌てて言った。
おれと息子を見守っていてくれてありがとう、と。
「……兄上様?」
「あぁ、悪い、ぼーっとしてた」
「お産を終えて疲れていらしているのですね、早く家に帰って休みましょう」
絢人は臣一に夢中で気が付かなかった様だ。
やはり、おれよりも絢人の方が子煩悩になりそうだ。
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