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第26話 血の鎖
アシュラスは詠唱をしながら左手の手首を切った。
滴る血が地面につくと、そこから赤い人型の化け物がわさわさと生まれてきた。
彼らは豹のように四つ足で走り、ものすごいスピードでウェンとラムズに襲いかかってくる。
ウェンとラムズは衝撃波を放って蹴散らそうとするが、血液人間は関節がなく、ぐにゃぐにゃした体を大きく捻って攻撃をかわす。
さらにその反動を使って、鋭い爪と牙で攻撃をしかけてくる。
血液人間の合間を縫って、アシュラスからも黒炎の魔法が放たれる。
数も衝撃も桁違いだ。
まるで流星群が落ちて来るようだ。
だが、それでもウェンは落ち着いていた。
アシュラスだろうが、化け物だろうが、魔法だろうが、この世に存在している限り、摂理がある。
攻撃はかわせてる、ダメージもちゃんと防げてる。
アシュラスはラムズを仕留めるために、血液人間も黒炎魔法もラムズの方に多く割いていた。
かなりの数だが、ラムズはちゃんと防戦している。
真眼で血液人間を見る。
頭部の一点に小さな核があった。
―神速乱れ打ち―
素早く核に攻撃を叩き込む。
頭が水風船のように割れ、血液人間は消えていく。
ラムズもウェンの技を見て、同じように血液人間に攻撃していく。
見事に血液人間は消えていった。
アシュラスからの攻撃に隙が出来て、ウェンはアシュラスに向かって走り出した。
―溶解のウロボロス―
大量の蛇がウェンに向かって放たれた。
―花吹雪―
ウェンの鬼切丸から光の花びらが生まれる。
花びらが蛇に触れると、蛇は悲鳴をあげて消滅した。
―神の箱舟―
ウェンの鬼切丸が黄金色に光り、大船が大海を進むがごとく、気の塊がアシュラスに向かって放たれた。
アシュラスのプロテクトと衝突する。
地鳴りと共に大地が大きく揺れた。
スタジアムの壁の至るところにヒビが走った。
アシュラスはさらに詠唱しながら左の手のひらを切り、一体の悪魔の翼をもつ血液人間を作った。
悪魔は口から黒炎を吐いてウェンを攻撃する。
衝撃波で相殺し、技を打つ。
悪魔はのらりくらりと攻撃をかわしている。
♢♢♢
ラムズが血液人間を殲滅したと思ったとき、ラムズの目の前に魔法陣が現れ、アシュラスが出てきた。
アシュラスが手をかざし、魔法を放とうとする。
ラムズは木刀を振り下ろした。
アシュラスの体に袈裟斬りする。
手ごたえがあった。
崩れるアシュラスと目が合う。
すると、アシュラスの体は、血を吐きながら倒れていくハヤテに変わった。
ラムズは、首に後ろから腕をかけられ、体を持ち上げられた。
急な首絞めで、ラムズは思わず木刀を落としてしまった。
背後にいたのは本物のアシュラスだ。
アシュラスの左手がラムズの目を覆う。
「ラムズ、これでさよならだ」
アシュラスの左手が光り始め、ラムズの頭を吹き飛ばそうとした時だった。
―光の盾―
アシュラスの両腕が切り落とされた。
ラムズは地面に落ちたが、転がりながらアシュラスと距離をとる。
だが、気を使い果たし、もう立ち上がれない。
「今のは、プロテクトの応用か……硬化させた気を投げつけたな」
放ったのはトトだった。
四方八方から剣撃が飛んでくる。
ウェン部隊隊員たちの総攻撃だ。
ドレイクはラムズを担いで退避する。
アシュラスは切り口から細い触手のようなものを出し、切り落とされた両腕を自分の体に付け直した。
目を閉じて、体の修復とプロテクトに集中する。
隊員の攻撃はプロテクトに打ち消されていく。
アシュラスは静かに目を開けた。
「せっかくお前たちとは仲良くやれそうだったのに、残念だよ」
アシュラスが魔法を放った。
―死者の葬列―
各隊員の足元から何本もの手が現れ、足から腰、刀を持つ腕、肩、首へとどんどん絡みついて上がってくる。
「ぐああっ……!」
隊員たちは痛みに呻いた。
手が触れたところが焼けていく。
「こんなところで苦しみながら死ぬとは、犬死にもいいところだ。バカな奴らだ」
アシュラスはウェンの方へ足を進めた。
血の悪魔の首は切り落とされ、すでに血だまりになっていた。
ウェンが息を切らしながら佇んでいる。
「ウェン、見ての通りだ。今や俺に敵う者などいない。お前は強いが、優しい奴だ。戦いに向いていない。だから、俺のそばにいろ。そうすればお前は戦わなくて済む。お前がただ俺に身を任せると決めればいいだけだ。早く、あの時のように、可愛い部下達のために、命乞いをしろ。今なら許してやる。ラムズ以外だけどな」
アシュラスは不敵な笑みを浮かべて言った。
「俺たちは、戦士だ。覚悟をして戦場に立っている。俺たちは、自分の信じた正義のためだけに戦う。これは、狂気の帝王から平和を取り戻す戦いだ。こんなところで退きはしない」
ウェンは呼吸を整えた。
辺りに急に冷気が吹き込み、空から雪が舞い散ってきた。
粉雪だった。
ちらちらと降ってくる。
「なんだ……?」
雪は凍りながら、アシュラスを囲んでいく。
―雪の封印―
ウェンは鬼切丸を地に突き立てた。
姜一族は鬼を駆逐したが、鬼の王だけは倒せなかった。
だから山に封印した。
そしてその山は永遠に溶けない雪山になった。
「俺の命をかけて、お前を封印するっ!!」
アシュラスの体は足元から凍りつき始めた。
「くそっ! なんなんだお前ら! くだらないことに命をはりやがって……!」
ウェンも封印が進むにつれて"気"を失っていく。
「封印が完成するまでは……!もってくれ……俺の魂よ……!」
ラムズ……みんな……最期に一緒に戦えて……良かった……
一年前と違い、ウェンに死の恐怖はなかった。
アシュラスの体が、首元までパキパキと音を立てて凍りついていく。
あと…もう少し…!
ウェンは最後の力を振り絞った。
♢♢♢
アシュラスは、ナイフを取り出し、自分の喉を突き刺さした。
吹き出す血が、雪の封印を溶かしていく。
「そんなバカな……!!」
アシュラスは口から大量の血を吐いた。
「俺はまだ……こんなところで……死ぬわけには……いかない……」
―血の鎖―
アシュラスから出た大量の血が鎖となり、アシュラスとウェンを繋ぐ。
失われた”気”の代わりに、ウェンの中にアシュラスの”何か”が入ってくる。
「や、やめろ……!」
ウェンの頭の中に殺戮の映像が浮かんだ。
飛び散る頭、四肢、内臓。
焼かれる街。
老若男女構わず引きちぎられている。
辺り一面に転がる死体。
人間の形をなさないもの。
焼け爛れて呻くもの。
「やめろぉ!!」
「お前が狂うのが先か、俺が死ぬのが先か……勝負だ……」
アシュラスは、よろけてひざをついた。
目玉を無くした死体がこちらを見つめている。
イタイ
クルシイ
タスケテ
オトウサン、オカアサン
ナンデ
ナンデ
コンナメニアワナクチャイケナインダ
動く死体が、ドロドロに崩れながらウェンにしがみついてくる。
「うああああああああ!!」
ウェンの瞳が赤く染まっていった。
鬼切丸を握りしめ、アシュラスに向かって走り出す。
そして刀を振り上げた。
今なら簡単にアシュラスの首を刎ねることができる。
アシュラスが、顔を上げた。
目が合った。
「……ラムズ……?」
ラムズと同じ、美しく青い瞳。
アシュラスは、その瞳にずっと暴力を映してきたのだ。
それがアシュラスの人生なのだと悟った。
「うああああっ‼︎」
鬼切丸は、アシュラスの頭上の空を切った。
ウェンの瞳は黒に戻っていた。
目から涙がこぼれる。
「……戦闘中に、敵に同情する奴があるか……」
アシュラスはウェンの腹に魔法を放った。
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