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第二章 2
BLACK ALICEの突然の活動休止は、桜ノ森スターズからのあっさりとした報告のみで、メンバーからのコメントはいっさいなかった。
何の理由も添えられていないが、理由があるとすればこれだろう。
活動休止の直前、メンバーの不幸が報じられた。
ーートランプのヒビキだ。
BLACK ALICEは、その年の三月三十一日に五周年を迎えるところだった。前年の六月から記念のドームツアーを始動、ラストを飾るのは初日のライブを行ったSAKURA ドームーーSAKUプロの母体である、サクラ・メディア・ホールディングスが有するドームだ。
三月二十九、三十、三十一日の三日間行われるライブの初日の開演直前、舞台装飾の落下事故が起き、ヒビキに直撃。死亡。
何処のテレビ局もその程度のニュースが流れた。
勿論残りのライヴは中止となり、四月一日に活動休止の発表となった。
信じたくないファンは、エイプリルフールのジョークだろう、そう思いたかった。
しかし、その後待ち望んでいた続報もなく、メンバーは消息を絶つ。
その不自然さに、他のメンバーは哀しみに暮れて引き篭ったとか、後追い自殺をしたとか。いや、『事故』ではなく『事件』でメンバーが関与しているのではなど、様々な憶測が飛びかった。
しかし、時の流れは早く、人々の意識はあっという間に他へと移る。
まるで『BLACK ALICE』というグループは最初からなかったように誰も口にしなくなった。
それでも、熱狂的なファンは時折思い返すのだ。
彼らはーー何処に行ってしまったのだろう、と。
★ ★
白、ピンク、黄色。
瑞々しい薔薇を抱えた男が、臙脂色の絨毯の敷き詰められた廊下を足早に歩く。項で無造作に結わかれたアッシュグレイの髪が揺れる。
やがて、一つの扉の前で立ち止まると、息を整えた。難しげな顔を無理矢理柔らかく変える。
扉を開けると、広い部屋の隅にあるロココ調のソファーのひじ掛けに、投げ出された足が見える。その姿はその前にあるローテーブルに邪魔されて見えない。
臙脂色の絨毯の上を音を立てずに近づいた。ローテーブルとソファーの間に長い足を滑り込ませ、寝顔を覗く。
抱えた薔薇は、テーブルの上に置いた。
メンバーを一人失ってから、良く眠れていないのはわかっている。
だから、本当は眠らせてあげたい。
しかし、この男の寝顔を見たら、起こしてあげなければ、と誰でも思う筈だ。
まだ少年の面影を残すような白い顔に、玉の汗が吹き出している。
形の美しい眉は苦しげに寄せられ、色味を失った唇は今にも何か呟きそうに微かに動いていた。
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