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第二章 4
「綺麗な薔薇だね……おれに?」
ユエは頭をソウの肩に凭せ掛けたまま、テーブルの上の薔薇に手を伸ばそうとする。
「ああ。この部屋に飾ろうと思って
「白、ピンク、黄色。可愛い色ばかり選んでくれたんだね」
「…………」
広い敷地には、この洋館を取り囲むように薔薇が咲いている。
白、ピンク、黄色、オレンジ……紅、そして、黒。
ーー黒い薔薇。
ここに来て、こんな色が実際にあるのかと思った。高貴な、それでいて何処か不吉な色。
ユエの作った曲『黒薔薇の葬送』。
タイトルはずっと悩んでいたが、決まったのはヨーロッパの古城で撮影している時だった。
あの時は急に閃いたと言っていた。
この洋館はユエの母方の血筋の持ち物だが、今は誰も住んでおらず、日本に身を置く者が使用することを許されている。
子どもの頃に一度連れて来られことのあるユエの記憶の中に残っていたのかも知れない。
「…っつ」
一瞬物思いに浸っていたソウの耳に、呻き声が聞こえた。
「どうした?」
はっとして見ると、白い綺麗な手ーー右手の人差し指に紅い血の玉を作っていた。薔薇の棘で傷つけたのだろう。
「薔薇が」
「ユエ」
ソウはユエの手首を掴んだ。
(細い……)
ユエは元々細いほうだったが、ここに来てからずいぶん窶 れた。そう感じながら、彼の指先を自分に引き寄せ、自然と自分の口許に持ってくる。
ぺろっと舌先でその血を舐めとると、血の味がした。
一旦消えた血は、しかしまた、目の前でぷっくらとふくれあがり、ソウは指先ごとを口に含んだ。軽く吸い上げると口内に血の味が広がる。
「ソウ……ソウ」
ふるっと震えるのが、触れあっている場所から感じられた。
「ユエ?」
「……夢を見たんだ。ここに良く似た、薔薇に囲まれた館の夢。空には血のように赤い月があって……」
ユエは歌うように語り始めた。
何にも焦点を結ばず、空を見ながら。
「何も見えない闇なのに、おれには見えているように先がわかって……噎せかえるような薔薇の香りのする闇の中を歩いて、館に入っていく。それから、長い廊下を進んで……今日は階段を降りて行った」
彼がそのことを覚えているのかわからない。
この夢の話は、何度も聞いた。
それはここへ来るよりも前から始まっていて、物語を読むように、少しずつ少しずつ進んで行く。
最初は薔薇の中に佇み赤い月を見上げる。
洋館の荘厳な扉の前に立つ。
臙脂色の絨毯の敷き詰められた玄関ホールに入る。
そんな風にして。
すべてが先の見えない闇なのに、見えてるみたいに鮮やかに光景が脳裏に浮かぶのだという。
だから、ここに来た時に彼は酷く驚いていたーー夢に良く似ていると。
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