11 / 77
第二章 5
闇の中に見える薔薇は。
血のような深紅 か、闇そのものの黒。
『結 』という、ステージ上に作り上げられた人物には、そちらのほうが相応しいかも知れない。
だが、今は。
夢を思い起こさせるものは贈りたくはなかった。
ソウがここに来てから摘み取るのは。
ピンク、白、オレンジ、黄色。
そんな可愛いらしい色ばかりだ。
少しでも癒されればいい。
そんな願いを込めて。
でも。
どんなに可愛らしくても、薔薇は薔薇。
触れれば指先を傷つける。
彼の心の柔らかくて弱い部分を傷つけるように。
「こわい……こわいんだよ、ソウ。また、何か恐ろしいことが起きそうで」
焦点はやっと、ソウの顔に結ばれた。
「それは……ただの夢だよ」
彼を宥めるように言い、肩の辺りまで伸びた柔らかな黒髪をそっと梳 く。
梳 きながら。
「でも……ユエ。その扉は開けては駄目だ」
その言葉を聞いて、ユエがくすっと笑う。
「変なの。ただの夢だって言っておいて、開けちゃダメだ、なんて」
「……ああ、そうだな。可笑しいよな」
ユエに指摘されるまでもなく、自分でも可笑しなことを言っている自覚はあった。
ただの夢だと思っている。
しかし、胸の奥が引っ掻かれるような不吉な何かを感じて、そう言わずにはいられなかった。
「ソウ……」
か細い声が耳許を擽った。ユエはいつの間にか体勢を変え、両腕をソウの首の後ろに回し、緩く抱き締めている。
「ぎゅうって……して」
魅惑的な仕草に対して口調は何処か子どもっぽい。
そのアンバランスさが、危うく、そして妖しい魅力を醸し出している。
「ユエ……」
乞われるまま、ユエの背中に両手を回し抱き締める。
お互いをお互いの存在を確かめるように強く抱き締め合った。
「もっとだよ。もっと強く……おれを夢の世界に行かせるな……っ。蒼 !」
「結 」
ここからは共に音楽を奏でるメンバーではなく、恋人同士の時間 に変わる。
蒼 は『なないろ』にいた時に使っていた呼び名で、これは彼の本名だ。『なないろ』を脱退した時に、次代の『あお』ーーそれは『蒼』かも知れないし『青』かも知れないーーの為に置いて行った。
そして、結 はユエの本名だ。頓挫したユニットでは『ユウ』と名乗る予定だった。
この二つの秘密は、BLACK ALICEの他のメンバーは知らない筈だ。
二人も本当にプライベートの、恋人同士に戻った時にしか呼ばない。
「あお……」
「ゆい」
ゆいの呼び声にもう一度優しく応え、自分の名を形作った唇に、自分のそれでそっと触れた。
ともだちにシェアしよう!