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第五章 2
「ほんとに綺麗に咲いてるよね。ねぇ、アリスちゃん、もっと奥のほうに行ったことある?」
そう問われ、ぶんぶんと頭を横に振る。何故だか恐ろしいことを言われそうな予感がして、言葉も出せずにいた。
「ここはいろいろな色の可愛い薔薇たちが咲いてるだろ。でも赤はないよね?」
「あ……」
そう言えば、と頭の中だけで答えた。
「ここの奥のほうに行くと深紅の薔薇だけになるんだ。それはもう圧巻で、まるで血の色みたいな……」
白い素肌に、口紅 もしていないのに紅く見える唇。その唇が動くのをじっと見詰める。
「もしかしたら……死体でも埋まってるかも知れないね……」
にぃっと口の端を吊り上げるようにして笑う。その唇から発せられた言葉と相まって、アリスの背筋に冷たいものが走った。
「え、まさか……」
「ほら、この間話したろ? この洋館の最初の主 はあの肖像画の女。エリザベート・バートリの子孫だって。あの女は、自分をエリザベートの生まれ変わりだと信じていた、狂った女だったんだ」
「あんなに……美しい女 が……」
「そうだね。美しい……からかな。その美貌と若さを保てると信じて、当時の近隣の村から若い娘を誘い込んではこの館の地下室で殺し、その血を浴びていた……エリザベートと同じようにね」
アリスが息を飲む。
俄に信じがたい話なのに、その話をするユエの顔と声には、真実なのかと思わせるものがあった。
「……一本一本生爪を剥がし、白い肌を鋭いナイフで傷つけ、針で瞳を刺す……それでも、まだ殺しはしない。更に手足を切断していくんだ。或いは『鉄の処女』と呼ばれる鋭い大きな棘のような突起がたくさんある柩 に生きたまま閉じ込める……そうやって、血を絞り取られバラバラにされた死体はこの薔薇の下に埋められる……」
ごくっとアリスの喉が鳴った。ユエの語った話がそのまま脳裏に浮かんで、身体中が戦慄 く。
「あの女はまだ死んではいないんだ。この館の地下室に身を潜め、今でも獲物を求め続けているんだ……ねぇ、アリスちゃん? 地下室、行ってみる?」
「いやっ! 絶対に、いやっっ」
その場にしゃがみ込み、目を閉じ激しく首を振る。
そんなアリスの耳にくすっと笑う声が聞こえた。
そっと顔を上げると、
「なーんてな。そんな筈ないよ」
またころっと表情を変えたユエがアリスを見ていた。
実際顔を合わせるようになって数日。彼は最初の日からこんなふうに、ころっと表情や雰囲気を変えることがあった。
まるで彼が二人はいるかのような違いを見せる。
(私を怖がらせようと、わざとやってるのかしら?)
「嘘なの? ユエさん、酷い。私を怖がらせようとしてるのね」
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