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第五章 3
今までの話が嘘だとわかり、怒った顔で立ち上がった。
「可愛いなぁ、アリスちゃん。こんないかにも嘘って話で怖がるなんて」
「だってぇ」
ぷくぅっと頬を膨らませる。
「あ、でも。地下室があるのは本当らしいよ。何処にあるのかはわからないけど。小さい頃に来た時に聞いたことがある。それに……」
「それに……?」
また何か怖いことを言いそうな気がして身構えてしまう。
「……ここの薔薇が真冬でも変わらず咲いてるのも見たことがある」
「…………」
(もう、やだ……なんか、帰りたくなってきちゃった)
「帰りたくなっちゃった……て顔に書いてある。ハクトさんが帰る時に一緒に帰れば」
「ユエさん意地悪っ」
ポンポンとユエの胸を軽く叩く。
「……でも、そうするとあおにぃにまたしばらく会えなくなるしなぁ」
独り言のように呟く。
帰りたくはあるが、帰れない理由もある。
思案げに眉をハの字し、視線はやや下に落ちる。
その視線の中にすっと、男にしては繊細そうな手が入る。
「可愛いね。アリスちゃんらしい」
ユエはアリスの胸許に揺れるネックレスに触れていた。
細身のピンクゴールドのチェーンに、涙のようなパールが一粒。パールの上には小さなダイヤモンドが煌めいている。
清楚で上品なデザインで、それなりに高価な感じがする。
ユエは自分の掌にネックレスのヘッドをそっと載せた。
「あお……からだよね?」
「そうです。去年の誕生日プレゼントに貰いました。よくわかりますね」
確信したような言い方が不思議だった。
「選んでいる時に一緒にいたから。表参道を二人で歩いて時に、突然ジュエリーショップに入って行ったんだ。おれたち一応有名人なのに、いかにも女性へのプレゼントを、ああでもないこうでもないと探すのには、参ったよ」
その時のことを思い出してかユエが呆れたような顔をするので、アリスは何故だか居たたまれない気持ちになった。
「ごめんなさい」
「あはは、なんでアリスちゃんが謝るんだ? じゃあ、これもそう?」
ネックレスのヘッドから手を離し、左手首を指差した。
やはりピンクゴールドのチェーンに、ランダムに小さなパールが幾つか入っている。
どちらも繊細なデザインだった。
「はい。これはその前の年で……」
「今年は指輪……だったりして」
「あ、どうでしょう? 去年ネックレスくれた時には、『来年は指輪かな』とは言ってましたが」
パールをプレゼントしたことを考えても、アリスの誕生日は六月。今はもう七月で、春からここに籠っている『あお』には買うことも渡すこともできなかったのだ。
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