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第五章 4
「アリスちゃんて、あおのこと好きなの?」
「え?」
急に問われて顔を上げると、ユエもアリスの顔を見ていた。
背丈の差は十センチもなさそうで思ったよりも顔が近い。
「はい。好きですけど?」
ユエの意図が読めずに普通に答えた。
「それって……LOVEのほうだったりする?」
「え? ら、らぶ?」
一瞬何を言われているのかわからなくなる。
「うん。キスしたり、ハグしたり……セックスしたり、したいの好きかってこと」
「ええーっっ」
あからさまに言葉にぱっと顔中に朱を散らした。
「そ、そんなことは。ずっといっひょに、あ、いっしょに暮らしていて、お兄ちゃんみたいなもので、あのその」
舌を噛みそうなくらいにあわあわしている。
(顔に書いてあるけどね)
「ユエ。アリスちゃんが来てから楽しそーだな」
石畳に立ち尽くす男の背に気の抜けた声をかける。
男ははっとして振り返った。
さらりとした前髪が一瞬舞い上がり、また瞳を覆い隠す。
(あーあ、切なそうな顔しちゃって)
ふっと小さく溜息を吐 く。
しかし、トワはそんなウイの様子もまるで気にも留めずに、また二人──ユエに視線を向けた。
ユエはアリスのネックレスに触れて、何やら楽しそうに話していた。
「アリスちゃんて、可愛いよね。清楚で擦れてない感じがする。薔薇なら白いミニ薔薇かな。ピンクや白のスィートピーって感じもするけど」
「そう?」
御座なりな答えが返ってくる。
(まったく、興味なさそうですなー。花の名前も知らなそうだけど)
「──俺は……そうだな。大輪の白い薔薇。朝露を含んで、開 きかけの中がライムグリーンの……」
「意外。ずいぶん詩的な」
「ほっとけよ」
(なるほど。開きかけの大輪の白い薔薇……出逢った頃のユエかぁー。あの海辺で歌を歌っていた……)
「白か……オレ、白い彼岸花が好きなんだよね」
「彼岸花に白なんてあるのか?」
(彼岸花知ってるんだ……)
「あるよー。綺麗だよ、けっこう」
白い彼岸花の花言葉は『想うはあなたひとり』。
(おまえのことであり……オレのことでもある)
そんなこと言ってもしょうがないと、口にはしなかった。
「ところで、トワくんはユエを見る為にここに来たのー?」
突如として沸き起こった物哀しい思いを搔き消して、またおどけたように言う。
「そんなんじゃないーーエリザを探してた」
「エリザ? ああ、おまえがユエにやった子猫か。いなくなったんだ?」
「ああ」
『探してる』と言いながら、真剣に探しているようには見えなかった。
「お前は何してるんだ?」
「ボクちゃんも探してるのよ~ハクトさんを」
そう言う自分も実は真剣に探していない。
「ソウに頼まれて。車直りそうだからって」
「ふうん」
二人は顔を見合わせた。
(探しても……無駄か)
お互いの目の中にそんな思いが潜んでいるのを感じた。
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