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第六章 3

 紅く染まったシーツの上に転がり落ちた『それ』と共にペティナイフが目に映った。  同じように紅く染まった自分の手をもう一度見返す。  彼の脳裏には今何が思い浮かんでいるのか。 「……知らない……おれじゃない……」  ゆっくりと(かぶり)を振る。  緑ではないーー黒い瞳が揺れている。 「ユエ」  自分自身も混乱していてどう言って良いのかかわからず、ただその名を呼んで身体に触れようとする。 「知らないっっ」   ユエはそんなトワを突き飛ばしてシフォンカーテンの向こうに飛び出して行った。  トワがその後を追うと、彼は絨毯の上に踞っていた。 「知らない、おれじゃない」   激しく頭を振ってしきりにその言葉を繰り返す。 「あの女だ……あの女がやったんだ……っっ」  (あの女? あの女って……)  今のユエにその意味を問いただしてみても、真面(まとも)に答えが返ってくるとは思えなかった。  自分もユエと同じ位置にしゃがみ込み、ぎゅうっと抱き締めた。  ただ落ち着かせようと。 「落ち着け、ユエ。大丈夫だから」  この状況で何が大丈夫なんだ、そう思いながらも優しい声で言い聞かせる。 「あ……お……」  しかし、その口から漏れたのは自分ではない名前。  この『あお』が『なないろ』のリーダー『(あお)』ではなく、本名として呼んでいることを、トワは知っていた。 「ユエ……」 「あおっっどこっっあおっっ」  今度は泣きじゃくりながら『あお』の名を呼び続ける。 「ユエ」  彼を抱き締めるトワの身体が震えている。  ユエの肩に顔を伏せているトワも、もしかしたら泣いているのではないか。そんなふうに見える。  しかし。 「くそっ」  一声唸って、ユエの身体諸とも毛足の長い絨毯の上に力任せに倒れ込む。折れそうなくらい繊細なユエの身体は、高さも体格も遥かに上回っているトワに簡単にそれを許した。 「あおっ……怖いっ。助けてっ。あの女が来るよっっ。だんだん、近づいて来る……っ!!」  自分の身体の下にいてもなお『あお』に助けを求めるユエに怒りが沸いてくる。 「なんでだよ……っ」  トワは体勢を変え、ユエの身体に馬乗りになった。その細い両の手首を彼の顔の両脇に縫い止める。強く強く絨毯に押し付けた。 「なんで、ソウなんだよっなんで俺じゃ駄目なんだよ……っっ」  目の前で涙で揺れる瞳には、それでも自分は映っていないように思えた。 「あお、あお、あ……っ」  呼び続けるその名前は途中で途切れた。  トワが自分の唇で塞いだからだ。 「んーっっ」  そうされても気がつかないように言葉を発しようとして喉の奥でもごもご言っている。それが振動となってトワの唇に伝わってきた。    切なさで心が裂かれそうだった。  

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