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第六章 2

 その鮮やかな『(あか)』にーーその美しさに目を奪われ、すぐに気づけなかった。  投げ出した太腿の上に、紅く染まった『何か』があることを。  彼は『それ』の上に両手を乗せていていたのだ。 (これ……は……)  トワは口から叫び声と共に胃液が上がってくるのを、両手で押さえてどうにか耐えた。  太腿の上の『それ』は、紅く濡れそぼっているが、元は白いふさふさのーー。  そして、ユエの傍らにはーーペティナイフが。 「ユ……エ……」  掠れた声で呼び掛ける。  こんなに間近からだというのに、彼の耳には届いていないようだ。 「ユエ……」  ベッドの側に立ち肩を軽く揺すりながら、もう一度名を呼ぶ。 「え……なに?」  顔はこちらを向いた。しかし、ちゃんと自分を認識しているかは怪しい。 「ユエ、それ、どう、した?」  一言一言区切りながら。  ユエの手許を指差す。 「それ……?」  トワの指の先に視線を落とした。 「ああーー可愛いでしょ?」  その場にそぐわない笑みを湛え、血塗れの『それ』をゆっくりと撫で始めた。  その美しすぎる笑みにトワは全身を粟立たせた。  血に染まっていた手が更に紅くなっていく。 「ああ、血がこんなに」  滑らかに口から出る声はいつものユエの声より少し高い。  真っ赤な両の掌を自分の頬に当てするっと滑らす。  白い頬も紅く染まった。 「綺麗になった……?」 「……!」 「ほら……あなたも」  その声はもう既にユエのものではないような気がした。  片方の手がすっと伸びてきてる。  何をされるのか想像出来たが、身体は凍りついたように動かない。  ぺたっと頬に濡れた感触、それからすっと下に滑らせるように離れて行った。 「ほら、綺麗」 (誰だ……このは)  ユエの微笑みは女の笑みのようだ。  彼はどちらかと言えば男らしいとは言えない。しかし、女っぽいわけでもないのだ。  無性別。男でも女でもない、そんな透明さ。  時には無機質ではないかと思わせる。 (はユエじゃない。では、誰?)  媚びるような妖艶な微笑み。緑色の瞳。  がっとの両肩を掴む。 「ユエっ!!」  隠れた魂に呼び掛けるような切ない響き。  強く肩を大きく揺さぶった。 「……トワ」  表情が変わる。  彼の愛すべき、ユエだ。  しかし、本来の彼を呼び覚ますことは、彼自身を苦しめることにもなった。     トワの血のついた顔を見、自分の血に染まった両手を見る。そして、自分の太腿に感じる重みを。  血塗れのーー。 「ま、し、ろ」  ユエの口が大きく開(ひら)く。  声にならない叫び。  ユエが膝立ちで飛び退くと、ごろんと『それ』がベッドに転がった。

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