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第六章 1

 ーー赤い月が笑っている。 「この時間に赤い月って可笑しくないか?」  バルコニーの手摺に片肘をつき、高い位置にある月を眺める。 「オレ酔ってるのかなー。そんな筈ないか」  片手に持っているのは缶チューハイ。度数少なめで、酔える筈もなかった。  赤い月は出始めか入りの地平線に近い位置の時に見える。 「ここは、誰かの作った世界みたいにいろいろ狂ってるな……」 (オレたちも狂い始めているのかも知れない……)  何が起きても動じなくなってしまった自分を奇妙にも感じなくなった。 「エリザも、ましろも、見つからない。……ハクトさんも……もう……見つからない……」  歌うような言葉がその唇から零れた。 「あれ……」  ひと缶目の缶チューハイをジュースのように飲み、ふた缶目を開ける。  真夏の夜にしては涼しく、春の夜を感じさせる。  庭の薔薇は、部屋の灯りに照らされているほんの僅かな姿と、バルコニーにいても鼻を掠める芳香だけが、その存在を感じさせていた。  その向こうはひたすら闇。  しかし、その闇の中に何が動いたように感じたのだ。  物音一つしない静けさの中に、ズズッズズッと引き摺るような音が微かにするのは、気のせいだろうか。 「…………」  自分は『何か』を見たのかも知れない。  しかし。  そんなことすら、もう何も感じなくなっているのだと。  彼はそう感じていた。 ★ ★  ーー絹を裂くような声が暗闇を走り抜けた。  部屋の灯りを消しベッドに横になっていたものの、全く眠れずにいたウイの耳にもそれは届いた。  それから、ドアの開閉する音。バタバタと廊下を走る音。足音はウイの部屋の前を通りすぎて行った。  部屋の移動を繰り返していた彼は、今夜はたまたま同じニ階に集まっていたらしい。  中央の大階段を上がり、サロンの近くに自分。それより奥側にトワ。階段を挟んで左翼にユエ。恐らくユエの隣がソウ、その隣がアリス。  そういった振り分けだろうとウイは考えた。  不穏な暗闇の中にあって、叫び声はユエ。足音はトワ。  そう冷静に判断をした。  ーー声が誰のものか、彼にはすぐわかった。  そして、今夜はどの部屋にいるのかも知っていた。  彼はその扉のノブに手を掛ける。内鍵は掛かっておらず、易々と開けることができた。  部屋は灯りで煌々と照らされていた。  奥には天蓋つきのベッドがある。  その天蓋から垂れ下がる白いシフォンのカーテンは、うっすらと人影を映していた。  トワは足早に室内を横切り、カーテンの割れ目を指先で(ひら)いた。  彼はーー血に染まっていた。  白い頬も、細く繊細な指も。彼が着ている白いシャツも、呆然と座り込んでいるベッドの、白いシーツも。  全てーー鮮血に染まっている。 (……綺麗だ……)    自然と脳裏に浮かんだ賛美に、はっとする。頭を振ってそれを追い払った。    

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