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第六章 5

 答えは出ぬまま小さくノックする。  数秒立っていたが扉は開かない。 (だろうな……)   トワはたぶん扉を開けないだろうと思ってはいた。 (もし、鍵がかかってたら……)  そのまま帰ろう。  そう思いながらノブに手を掛け、ゆっくり回す。内鍵は掛かっていないことがわかった。  そっと扉を(ひら)き中を見ると、トワはベッドの端に腰掛け項垂れていた。  音を立てずゆっくり歩き、彼の前に立つ。  トワは目を閉じていて、寝ているのかとさえ思う程侵入者に反応しない。  その顔にはユエのつけた血の痕があった。  衣服は上下とも黒でわからないが、恐らくユエについていた血が擦りついている筈。 「……顔ぐらい洗えよ」  その血の痕に触れようと指先を伸ばすとーー拒まれた。  手首を掴まれ、睨まれる。  その目は泣いたように充血していた。 「笑いに来たのか」  凍りつきそうなくらいに冷たい声音。 「笑うわけ、ないだろ」  いつも本音を隠すにやにや笑いは今はない。  二人の間には、触れれば切れそうなくらいの緊張感があった。 「ほんとは……」  ウイの声は、トワの気持ちを共有してしまっているように苦しげなものだった。 「そのまま見逃すつもりだった」 「なに?」 「おまえがすごく苦しそうだったから……思いを遂げさせてやりたかった」 「…………」  お前に何がわかるんだとでも言いたげなくらい冷たい瞳で睨まれている。それに怯まないようにウイは視線を外した。 「だけど、思いを遂げた後に、おまえがもっと苦しむだろ」  だから、止めたんだ。その言葉は飲み込んだ。  それが全てではないから。 (それだけじゃない……苦しいのはオレも一緒だ)  それを見ているのが辛かったからだ。 「ふん」   嘲るような笑いに、自分の気持ちを見透かされたような気がした。  ぐっと爪痕がつきそうなくらいに、手首を握る手に力を込められる。  痛さでウイの顔が歪んだ。 「じゃあ、おまえが代わりになれよ」  その言葉はウイの内側深くに突き刺さった。  最初から気がついていた。  トワの身体は先程のことが尾を引いて、まだ興奮状態だということを。身体の中心に熱を孕んでいた。 (苦しい……でも……)  トワは四歳年上のウイにも敬語を使ったりはしなかったが、こんなふうに攻撃的な物言いもしたことはなかった。彼にとってはユエが全てで、あとはどうでも良い存在なのだ。だから、喧嘩にもならない。 「いいよ」  その言葉にトワは酷く驚いたような顔をした。  掴まれていないほうの手でトワの頬にーーその血の痕に触れる。  今度は拒まれない。 (おれはいいんだ。身代わりでも……苦しくても……)  身体を傾けて、トワの唇に自分のそれでそっと触れる。 (おまえにとって、どうでも良いおれが身代わりなら、そのほうがおまえは苦しくないだろ……)      

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