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ショートストーリー

 ウイとトワのための葬送曲『海辺にて』  目を(ひら)くとーー海がきらきらと輝いていた。 (ここはどこなんだ……俺はいったい……)  何処か見覚えのある景色。  何故か裸足で砂浜に立っている。時折、パンツの裾まで波に濡れる。  左手に何か握っていることに気づいた。  手を(ひら)く。  シルバーのネックレス。トップに十字架と薔薇が刻印された細身のプレートが下がっている。  それを見た瞬間、何もかも思い出した。 (そうだ……俺は彼奴を探しに来たんだ……) (これを渡す為に……)  何か確信があるわけでもないのに、足は勝手にそっちへ向く。  遠くに人影が見える。  まだ顔かたちの判別も出来ないのに、それが『彼奴』だとわかった。  足を濡らしながら砂浜を歩いて行く。  近づいて行くほどに足は早くなる。 『彼奴』は砂浜に腰を下ろし、両膝を抱えて海を見ている。 (なんだ、彼奴。あんなにとこに座って、濡れてるじゃないか)  くすっと笑みが溢れる。 『彼奴』の座っている場所には時折波が押し寄せて、砂についている尻の辺りも素足も水に浸かっていた。 (そういう俺も……だけど)  自分の素足を見ながら、呆れて笑う。 『彼奴』が振り返った。  こっちを向いて大きく手を振る。 「永遠(とわ)~」  永遠はまた足を早めた。  もうあと数歩。 「遅い~待ってたよ~永遠」 「雨衣(うい)」  素顔の雨衣。素直な笑顔。  もう何も隠す必要はない。  きらきらと輝いて見えた。 (綺麗だ……)  辿り着いた時には息を切らしていた。  はぁはぁと息を吐き、呼吸を整える。  それから、隣に同じようにして座った。 「珍しい、永遠がそんなに慌てるなんて」 「早く……あんたに会いたかったから」  両腕を後ろに回し、ぎゅうっと雨衣の首を抱き寄せる。 「え、ちょっと」  目を白黒させている雨衣を永遠は想像して、心の中で笑む。  離れると、雨衣の胸許でシルバーのネックレスが輝く。  それと同じくらい雨衣が顔を輝かせて。 「これ……取り戻してくれたんだ……」 「ああ、これだけは、あんたに渡したかったんだ」 「嬉しい」  綺麗な顔が朱く染まる。 (なんて可愛い男なんだ、今まで気づかなかったのが惜しいくらいに……)  もっと早く気づいていれば、二人の未来は変わったのだろうか。  そんなふうに永遠が思えば、雨衣も切なげに。 「オレ……おまえと生きたかった……でも、へましちゃって」  海を見詰める瞳が哀しみを湛える。 「……永遠が追って来てくれるって……信じたかった……でも……おまえは、オレじゃなくてユエを選ぶかもって……」  つつーっと白い頬に一筋の涙。 「永遠……オレの元へ来てくれて……ありがとう」  宝石のような涙を流しながら笑う。それを永遠が眩しそうに目を細めて見ていた。 (愛しい……)  今までに感じたことのない『愛しさ』が心の中で沸き起こる。これはユエにも感じたことがない。 「ああ……俺もお前と生きたい」  滑らかな頬に手を伸ばし、その涙を拭う。 「オレたち、ここから始められるかな……オレたちが出逢った海辺の町から……」 「ああ……始められるさ」  自然と二人の顔が近づいていく。  お互いを愛おしいと思う二人の、初めての口づけだった。  太陽を反射してきらきらと光る海。  さらさらと波にさらわれていく砂。    ほんの一瞬だけ、二人がいた場所に金砂(きんさ)が降るような輝きがあったが。  あとはーーただ、春の初めのような静かな海があるだけ…………。    

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