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エピローグ
何も変わりはしなかった。
季節を感じさせない庭も。
薔薇が咲き乱れる園 の中に佇む古びた洋館も。
何もかも変わらない……。
しかし、そこに住む住人は、二人だけになってしまった。
★ ★
美しく咲き誇る黒薔薇の中に黒いドレスの『女』がいた。
男は薔薇の手入れをしながら、それを後ろから眺め、そして、洋館のほうへと視線を移す。
あの日確かにこの洋館は燃えた。
螺旋階段の下から炎が吹き出していた。階下でも出火していたのだ。もしかしたら、礼拝堂にあった無数の蝋燭が原因かも知れない。
そこからの脱出は不可能だった。
サンルームの室内を見ても火は燃え広がるばかり。
炎の熱がソウの肌を灼いていく。
先に直に火で炙られた左頬も、死んだほうがましだと思えるような痛みだった。
どうすることも出来ないまま、息苦しさを感じ始め、ソウはユエを抱き締めたまま気を失った。
自分は死んだのだと思った。
ここはきっと天国なのだとーー天国など信じてもいないのに。
ぼんやりとしていた焦点が合い始め、ここが天国なんかではないのだと思い知らされ。
ここはーー元のあのサンルームのような部屋だった。
慌てて上体を起こすと、隣にユエが眠っていた。
辺りを見回す。
「どういうことだ……」
室内には燃えた跡など一切なかった。
「夢……だったのか?」
しかし夢ではないことは、焼かれた頬と眠っているように死んでいるトワが物語っていた。
そして、二年の月日が流れた。
再び視線は黒いドレスの『女』の背を見詰める。
「ああ、なんて美しいのかしら。あの可愛い子たちを餌 にもっともっと美しく咲いておくれ」
ユエの姿をした、見知らぬ『女』が笑う。
この薔薇の下には、ウイとトワも眠っていて、『餌』になってしまったのだろう。
ここは誰かの『夢の中』か。
それとも、誰かの怨念が作り出した『世界』か。
傷ついた顔も、失った命ももう元には戻らないというのに。
この『世界』だけは修復され、繰り返される。
恐らく、ここはどの地図にも載ってはおらず、外から見ても存在しない場所なのだ。
ユエの縁者の残した洋館は、きっと『向こう』の世界には実在するが、この洋館とはまた別なのだろう。
(俺たちは……運悪く、ここに引き込まれてしまった……もしくは、『ユエ』という存在が鍵になってしまったのか……)
そして、時折その空間は開 き、また新たな『餌』を誘い込むのだ。
「あお……」
姿は一緒。
しかし、先程までの『女』の顔はしていない。
『あお』だった。
この二年間に『ユエ』、または『ゆい』である時間は少なくなった。
ほとんどあの見知らぬ『女』だ。
「キスして……」
切ない顔でせがむキス。
「ゆい」
『あお』は『ゆい』の細い身体を抱き寄せ、口づけをする。
(もしこの肉体 から完全にお前がいなくなったとしたら……俺はどうするだろう…………そうだな……お前を殺して俺も死ぬ……そして……俺たちもあの黒い薔薇になって、ここで永遠に咲き続けるんだ…………)
『ゆい』を抱き締めるその手には、薔薇を剪定する為の鋏が握られていた。
しかし、それを使うのはーー。
(ーーーーまだ、先の話だーーーー)
Fin
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