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第十一章 5

 地下室の一番奥には扉が一つ。  彼女はそれを(ひら)いた。  中はシャンデリアが煌々と室内を照らしていたが、中には誰もいないようだった。  室内にあるのは、テーブルのセットと、ソファが何脚か。何故か中央に螺旋階段。  身を隠せるような場所はなさそうだった。  少し中程まで踏み込むと、左側に壁を刳り貫いたような空間がある。  物置のようなものだろうか? と覗き込むと、そこにあるのは奇妙なものばかりだった。  土壁に納められているのは、鋸や鉈。西洋風の(かんおけ)のようなものが立て掛けられている。  床に置かれているのは、小さめのギロチンのようなもの。フランス革命がテーマの映画で見たことがある。 (なに……あれ……まるで、ギロチンみたいな…………ここって、まるで……)  頭の中でさえも言葉にするのが恐ろしい。 (それに……)  部屋の灯りだけでは手前のほうしかはっきり見えないが。 (最近にも使用されたような感じが……)  一瞬にして全身が総毛立つ。  ここに隠れるのだけは駄目だと、そこから離れた。 (残るは……)  部屋の中心にある螺旋階段を見上げた。こんな場所に階段を作ること自体奇妙でしかない。いったいこの上に何があるのか。  もっと恐ろしい『何か』がと考えるのは当然のことで、一歩を踏み出すのを躊躇する。  カツン……カツン……。  部屋の外で音がするのに気がついた。  それは次第に近づいてくる足音のように思えた。  もう躊躇している場合ではない。  足の痛みを堪えながら足早に螺旋階段を(のぼ)った。  顔が天井を越えた瞬間、目が眩んだ。  いつの間にか太陽が昇っており、それが直に彼女の目に当たったのだ。  周りが良く見えないまま最後の段まで上り切ると、全貌が明らかになった。 (地上に……出た。朝になったんだ……)  壁を一面だけ残し、あとはガラス張りというサンルームのような部屋だ。  カーテンは全て(ひら)かれている。 (黒い薔薇……)  窓の何処を見ても黒薔薇が咲き乱れていた。  美華の遺体を飾っていたのも黒薔薇だった。  見たこともない、高貴で美しい薔薇だが、何処か『死』を連想させる。 (昨日は見なかった……あの色とりどりの薔薇の奥にでもあったのだろか……)  暫く呆然とする。  はっと我に返り、室内を見渡した。階下とそれ程変わらない。ソファーやテーブルセットが置いてある。  壁である一面には重そうな天鵞絨のカーテンが掛かっていた。  螺旋階段の後方には黒いグランドピアノが置いてある。 (ビアノが……)  ここはいったい誰の部屋で、誰が弾くためのビアノなんだろう。  ピアノに近づいて行くと、そこに二本の楽器が立て掛けられていた。  ーーギター。  楽器には明るくない。一見見ただけでは、それがギターなのか、ベースなのか分からないが、その二本は微妙に仕様が違っている。 「あれ、これって」  そのうちの一本を上から下まで見る。  白から青へのグラデーションカラー。  BLACK ALICEのウイの髪色を意識して作られた思われる彼のギターに、良く似ていた。ライヴは勿論、雑誌などでも見たことがある。 「……え……まさか、あの話作り話じゃなくて……」  彼女はもうとっくにその可能性を認めていた。しかし、信じたくはなかったのだ。  今ここで更なる証拠を突きつけられ、押し込めていた可能性を完全に認めざるを得なかった。  美雪は焦り、再びぐるりと室内を見渡した。  出口を見つける為に。 「ここ出口ないんじゃ……突き落とされた、あのドア以外に……誰かを……閉じ込める為の部屋……」 「みぃーつけた」  かくれんぼの鬼が誰かを見つけた時のような声が聞こえた。  びくんっと美雪の身体が震える。  その声は螺旋階段のほうから聞こえてきた。  床の上に、血に染まった顔が生首のように見えた。それからゆっくりと黒いドレスの『女』が現れる。  逃げなければ。  しかし、美雪の身体は何かに縛られてしまったように動かない。がくがくと激しく震えている。  足の先まで上がり切り、ゆっくりとゆっくりと近づいて来る。  全身血(まみ)れの『女』。  その手には美華の胸に埋め込まれていた短剣が握られていた。 「貴女も……わたくしの為に」   目の前の顔がにたりと笑う。  頭上で何かきらりと煌めくのが見えたーーーー。  

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