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第1話

 とある華やかな舞踏会の日、オリヴァーは目の前にいる主様を見つめて、とても心配な気持ちになっていた。オリヴァーの主様である、このカラディアス王国の第一王子、レオンハルト・カラディアスは、本来王族とその近しい親類にしか座ることが出来ない同じ卓に、ある一人の女性を呼び寄せて、楽しげに話している。 「ロミルダは今日も美しいな、まるで、開いたばかりの瑞々しい花のようだ」 「あら、うれしい! 私、今日の為にドレスを新調したの、この鮮やかな赤が素敵でしょう?」 「ああ、お前の領地の染め布を使っているのだろう一目見て分かったぞ」  レオンハルトはそういってロミルダの袖口に触れ、笑みをこぼす。 「技法が複雑なものであるからな、多くは作れないと聞く、きっと仕立てるのに時間もかかるだろうに」   そんな彼の発言に、ロミルダはあまりピンと来ていない様子だったが、するりと手を取って、にっこりと女性らしい笑みを浮かべた。 「たしかに、職人には渋られたけれどこうして殿下に褒めて貰えるならいくらだって作らせるわ」 「そうか? しかしあまり職人に無理をさせてはいけない、お前はどれほど質素なドレスを纏っていても麗しいのだから」 「まあ!うふふっ」  彼らは手をつなぎ合い、まるで恋人のように指を絡める。そんな彼らを探るように視線を送っている貴族たちの目線に、レオンハルトは気がついていない様子で彼女をほめる言葉を続ける。  そんな二人の小さな間食用のテーブルの果実を取り換えながら、オリヴァーはため息をつきたい気持ちになった。  ……ロミルダ様はあまり染物や工芸品なんかにも興味がない様子ですね。自分の出身領地がおもに扱っている産業のはずですのにこの反応ですから。  せっかくレオンハルトがその話を振って褒めたというのに、どういう物かというよりも、その美しさや、稀少性の方にしか目が行っていない。本来であれば、レオンハルトはそういう貴族らしい考え方をあまり好む方ではないはずなのに、今は彼女に対する恋慕がそれを盲目にさせているのだろうことは想像に容易い。  政治や戦争の事よりも芸術や音楽など穏やかなものを愛し、それらが守られるように、様々な政策などを考えている彼らしくないといえば彼らしくないが、あからさまに自分に好意を寄せ、そして可愛く微笑んでいる目の前の女の子の方が、それよりもレオンハルトにとって重要になってしまうのも決しておかしくない。  ロミルダは確かに美しく愛嬌のある女性ではある。オリヴァーもそう思う。しかし、ただそれだけだ。  それだけの事では、周りはレオンハルトの行動を認めない。そういった事だけで、王子であるレオンハルトが彼女に寵愛を向けるというのは、自らの権利と利益のためにしか動かない貴族にとっては愚行にしか映らない。  今、レオンハルトやロミルダの居る舞踏会を見下ろすことが出来る舞台は、貴族たちの厳しい視線が向けられていて、朗らかな音楽の中で美しく舞う女性貴族たちですらこの後、レオンハルトについてあれやこれやと悪口を垂れ流すのは目に見えていた。    それに今日は、貴族の多くが待ちに待った、春の訪れを祝う宴なのだ。それは、今年成人した新しい令嬢、子息のお披露目の場、新たなる貴族たちに王太子であるレオンハルトが王族のくせに凡人だとか、愚者であると吹き込まれては堪ったものではない。  戦に出ていて不在の国王の代わりにレオンハルトには、権力を誇示するために上級貴族である公爵や侯爵などを呼びつけて、冬の各領地の情勢を報告させたり、レオンハルトの婚約者である聖女エミーリアとの仲睦まじさをアピールしたりとやるべきことが数多ある。  ……ですか、この様子だとそれも難しいかもしれませんね。  王太子としてやってほしい事をオリヴァーは冷静に考えて、レオンハルトに視線を移すのに彼は、隣に座ったロミルダに釘付けで、オリヴァーに視線をよこすこともない。 「そうだ!そうまで言ってくれるのなら、私と一曲踊って欲しいわ、殿下」  ただでさえ、貴族たちに軽んじられていて立場が危ういレオンハルトにロミルダはそんなことを提案した。彼女はまったく何の企みもなさそうに無邪気に笑みを見せて、レオンハルトの手を引く。  ……ああ、駄目ですよ、レオンハルト様。ただでさえ主様はここ最近彼女に融通を利かせすぎて、婚約者様をないがしろにしているのではと言われているんですから。  オリヴァーはロミルダの提案を後ろで聞いていて苦い気持ちになる。しかし、オリヴァーは生粋の従者でありどんな時でも平静を装ってまったく何も会話など聞いていないような顔をして、すましてた佇む。 「……それは」  彼女の提案に若干戸惑いを見せたレオンハルトは、ぱっと手を離して身を 引く、それからちらりとオリヴァーを見た。  それは彼が困ったときのいつものしぐさであり、同時にやってもいいかという伺いの視線である。    こんな風に主の方が従者に伺うようなことをするのはレオンハルトが多く社交の場で間違えることがあり、それを逐一、何故駄目だったのか正解はなんだったのか幼いころから教え込んできたオリヴァーとレオンハルト特有の関係性だった。  だから、オリヴァーも最近の彼の行動を後からどんな風に貴族たちに見えていて、ここで彼女と踊ってはいけない理由をきちんと説明しなければと思いつつ、助け舟を出そうと口を開く。 「ロミル━━━━ 「駄目なの? それはあの子の方が私よりも大切だからって事?」  しかし、オリヴァーがすでにダンスの相手を決めているからと、断ろうとした瞬間に察知したようにロミルダが、レオンハルトの手を取って心底心細そうに言う。  ……まずいですね。 「でも、殿下は、言ってくれたじゃない、私と結婚してくれるって!」 「……」  ……私の知らないところで、いつそんなことを言ったんですか、主様。  オリヴァーは頭を抱えたくなったがもちろんそんなことは出来ない。それに、これはまずい、こんなことを大声で言って、誰に聞かれてるかもわからないのにそんな情報が出回ってはレオンハルトがまた国王陛下に叱責されてしまう。  ただでさえ、レオンハルトは婚約者のエミーリアとあまり仲良くない、それどころか最近では、嫌悪しているような行動まであるのに今目の前にいるロミルダにそんなことを言われては……。 「それともあのお話は嘘だったの? 私より、あの地味な子の方がいいというの?」  そういいながらロミルダは、ダンスをしている貴族たちの周りで、談笑しているエミーリアへと視線を向けた。たしかにエミーリアはあまり派手な装いでもない。本来の家格には相応しい装いだが、聖女らしく白を基調とした良い衣装を着ている。  白い衣装に藍色の髪がよく映えていて、差し色に使っている金色は王族だけが持つ金色の瞳と同じで、きちんとそれを纏って婚約者だとアピールしている。それだって、レオンハルトからという名目でオリヴァーがせっせと拵えた体面を保つための贈り物だ。  だから、今回の宴で、きちんと二人が躍ることによって、聖女と順調に仲を深めている様子を貴族たちにもアピールできるはずだった。聖女エミーリアは今日がデビュタントだ、きっとお似合いの二人だと言われるはずだとオリヴァーは確信していたのにどうにもうまくいかない。 「それとも、殿下は周りに何か言われるのが怖くて私と踊ってくださらないような、”意気地のない方”なの?」  ……意気地なしですか……。  最後の仕上げとばかりにロミルダはそんな言葉を口にして、その言葉に反応するようにしてレオンハルトは、オリヴァーを見ることもなく立ち上がった。それから彼女の手を取る。  ……主様、ああ、まったく、本当に困った人です。  そんな彼を引き留める方法をオリヴァーは持ち合わせていない。どんなに彼に長く仕えていて、一番に信頼を置かれているのだとしても彼の前に出ることは許されない。  ロミルダの手を引いてレオンハルトは、「行くぞ」とだけ低い声で言って貴族たちがダンスをしているスペースへと足を進めていく。それにオリヴァーは当たり前のように付き従いながら、ぐるぐると考えを巡らせた。  貴族たちの元に迎えば誰しもが、彼らに道を譲りさけてその動向を鋭い目線で見つめている。  香水の混じった強い香りと、ホールに飾られている花の匂いで目が回りそうになるが、こちらに来てからもうずいぶん経つ。こんな現実味のない光景にも世界観にも時間がたてばなれるもので、短く誰にもバレないようにオリヴァーはため息をついてそれから、誰もいなくなったダンススペースでホールドを組む二人を心苦しく見る。  音楽が仕切り直され、また新たにワルツが流れる。  こうして彼が躍るところを見るのはもう何度目かわからない。踊りだせば周りはほうっと見ほれるように彼らに視線を集めて、ロミルダの美しいドレスが靡く。

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