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第1話
自分が、“そういう”生き物なのだということは嫌という程知っている。
『大したことない顔なんだし、処女だっていう付加価値すら無くなったらお前に価値が残ると本当におもっているのか?』
自分の主《あるじ》である男に言われたことがある。
それがプレイの一環だったのか、本当に心から思っていたことなのかは知らない。
それは考えても仕方がない事だ。
僕が知っているのは、自分が人ではない事と、この主と契約を結んでいるという事だけだ。
サキュバスとインキュバス。
自分がそのどちらなのかは知らない。
そんなことはどうでもよかった。
呼ばれる名前が重要なのではない。
重要なのは、自分は誰かの精液が無ければ生きていけない。という事だけだ。
性交は多分きっと好きなのだろう。
少なくとも体はよく反応するし、精液の匂いを嗅いだだけでたまらなくなる。
自分が性交をするための生き物だと毎回思い知らされる程度には、体はそれを求めている。
とはいえ自分の主にとって些末な存在である僕は、所謂本番プレイもしたことが無ければ、それほどプレイの相手として選ばれることも無い。
たまに踏みにじるようなことをされる。そういうために僕はいるのではないかとも思う。
主は俺以外に何人もの人外のものを囲っていた。
その誰もが、見目麗しいものばかりだ。
たまに戯れに俺に触れる以外、主も他のものたちも俺の事をバカにするように見るだけだった。
飢餓感でおかしくなっている僕を蔑む様に見るのが楽しいのかもしれない。
それとも見目麗しい人外の生き物が僕を嘲るのが楽しいのかもしれない。
だけどそのどちらだとしてもあまりにも馬鹿みたいで。
だから、あまり色々な事を考えたくはなかった。
◆
「舐めろ」
だから、という訳ではないけれど、帰ってきたばかりの主に呼ばれてそう言われた時も、特に何も思わなかった。
それこそ隣にいた人は視覚ではとらえていたのかもしれないけれど、それについて考えてもいなかった。
考えても、もうどうにもならない。
四つん這いになって座敷で胡坐をかいている主のスラックスのベルトに手を伸ばした時も、前をくつろげた時も、ボクサーパンツをずらした時も何も考えていなかった。
主は多分仕事の帰りだった。
シャワーも浴びてない体は顔を近づけないと分からないけれど、汗をかいている。
そういう時の匂いは少しすえていて、吐き気を催すのに、体が勝手に興奮し始める。
好きな匂いではないのに、無意識に舌が出てしまう。
3日ぶりの食事だった。
もう少しで舌が触れる。
そう思った時に俺の顔の前に大きな手が差し出される。
「止めろ」
静かな不思議な声だと思った。
主と同じような命令口調なのに、威圧感をあまり感じない。
それなのに、思わず動きを止めてしまう様な声だった。
「ん? ああ、もしかしてコレのこと気に入ったのか」
主に言われてそんな馬鹿なと、そちらを見る。
それでその人が、こちらをじいっと見ていることにようやく気が付く。
その人は僕から視線を主に移して一言「いくらだ」と聞いた。
「えー、一晩だけ貸してって話か?」
いつもより軽い口調で主が言う。
なんでこんな煽る様な口調なのかが分からない。
「違うということは分かっているだろ。いくらだ」
その人はため息をついた後もう一度そう言った。
次の瞬間、主がそれはそれは面白そうに笑ったのが目に入った。
僕は相変わらず蚊帳の外だった。
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